第13話「空気を掴む手」
三人の魔法陣が、同時に洞窟を照らした。
ザイルの土、サラの光、リーナの無属性。
それぞれが必死に描いた紋様は、しかし発動するより早く歪み、引きちぎられるように霧散していく。
「……くそっ……..」
ザイルは魔力の残りをすべて吸い取られ、膝から崩れ落ちた。気を失っている。
「ごめん……」
サラもまた額に汗を浮かべ、その場に倒れ込む。サラもほぼ意識がないようだ。
ただ一人、リーナだけがギリギリ耐え、肩を震わせながら魔法陣を維持していた。その引かれる方向に目を向ける。
そのとき、ソウマの目に映った。
リーナの背後――洞窟の岩に埋まるようにして輝く、拳大の黒い結晶。
他の石とは明らかに違う。
「……あれだ」
ソウマは石を無理やり引き抜き、気を失いかけているリーナのところに持ってくる。俺の仮説が正しければ.....
「リーナ! この石……魔力を感じるか!」
「はっ? ……え……溜まってる。確かに、魔力が溜まってる!」
彼女の声に驚きが混じった。
ソウマは短く息を吐き、淡々と告げる。
「禍石は魔力を乱すんじゃない……吸うんだ。純度が低い石が周りに散らばっている山全体では、いろいろな方向に引っ張られて発動が不安定になる。でも、発動自体は可能だ。……ここで完全に魔法が使えなくなった理由は、コイツが吸い尽くしてるからだ」
商隊を命の危機に陥れた元凶のひとつ、しかし同時にわずかな希望を感じた。
まずは第1段階突破。
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もう時間がない、メンバー全員がほぼ意識を失いかけている。
(この石を利用する。吸い込むなら、吸い出すことも可能かもしれない。常識にとらわれるな、まずは試す!)
酸欠で震える手を使い、魔法陣をイメージする。
いつもならインプットは身体だがそれを禍石から吸い出すように書き換える。
魔法は簡単なものでいい。光でも火でも、何か小さな現象が起きれば十分だ。
魔法陣が展開されるが、すぐに乱れて霧散してしまう。失敗だ….
大丈夫、これくらいは想定内だ、落ち着け。
現象を観察しろ。魔法陣の位置を固定するタグを付ける。再度発動。
陣が揺れ、バチっと小さな火花が灯った。
「……成功、だ」
ソウマは無意識に拳を握った。
絶望の底に、かすかな希望の光が射した。
第2段階、突破。
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「次だ……」
ソウマは息を詰め、次の魔法陣を描き始めた。もう誰も声も出さない。意識を失っているのかもしれない。焦りがじわりと、ソウマの心を侵食する。いや、集中だ。あきらめるな。
(アイテムボックスは多次元へ物を送る術式。ならば、三次元と三次元をつなぐこともできるはずだ。それで外から空気を取り込む!)
複雑なパラメーターは無理。物理的なエネルギーは自然に任せる。
だからできるだけ単純に。
――上空、高い場所。そこなら常に風がある。つなげるだけでいい。
「……繋がれ!」
陣が浮かび上がり、すぐに崩れた。
(駄目だ……何もない上空には座標指定できない。どうやって座標を指定すればいいんだ….)
焦燥が胸を焼く。肺は苦しく、頭は霞む。
ヒントを無意識に求め、思わずポケットに手を伸ばした――だが、そこには何もない。
「あ……」
意識をほぼ失いかけているだろうミラがその仕草を見て、涙声を漏らした。
「ごめんなさい……! あの時、落とさなければ……ノートがあれば、何か分かったかもしれないのに……!」
ミラが涙をこぼして後悔の念を吐露する。あの時ノートを落としたのは決してミラのせいではないのに….
この子は自分がこんな状態でもなお、人に迷惑をかけまいと頑張ろうとしている。
そんなミラを見て心に再度火が灯る。
なくても思い出せばいい…
なにを書いた?何かヒントはないか?
頭のイメージの中のノートを素早く捲り、命を繋ぐ架け橋を探す。
そしてソウマの脳裏に、閃光のように記憶が走った。
――ノート。
俺はあのノートにありとあらゆる魔法の知識をメモしてきた。その中には雲をつかむような、思いつきやひらめきのアイデアも書き留めてきた。
.....その中に
実験的に“絶対位置の座標指定”の魔法陣を試し書きした。
ノートの場所をこの世界に再定義する魔法陣…
落とした場所は強風が吹き荒れる尾根。常に風が流れ込む座標だ。
「……そうか。あのノートだ!」
新たな陣を描き、洞窟とノートのある座標を結ぶ。
「頼む!繋がってくれ……!」
禍石が眩く輝き、陣が確かに発動した。
次の瞬間――洞窟に轟音が響き、突風が雪崩れ込む。グレースケールだった洞窟内が急激に色を取り戻す。
「はぁっ……! 息が……できる……!」
一番最初に意識を取り戻したのはコハルだった。周りを一瞥し、ソウマが何かしたと気付いたようだ。
「お前、すごいヤツだな。」
コハルに初めて笑顔を向けられた瞬間だった。
他の隊員たちも一斉に空気を吸い込み、蒼白だった顔に血色が戻る。
乾いた肺が潤い、崩れていた体がわずかに持ち直す。新鮮な空気を吸う事で禍石中毒の症状も和らぎ、動けるメンバーが増える。
歓声が漏れれ、皆が生きている事を実感する。
だが、ソウマの体は震えていた。
「……ぐ……っ」
基本的な魔力は禍石から取っているが、魔法陣を維持するために体内の魔力を少しずつ持っていかれる。
ソウマのごくわずかな魔力が急速に減り、痙攣が走る。視界が白く霞み、意識が遠のく。
意識を取り戻したリーナが、我に返りソウマを見て一瞬で状況を理解する。
つなぎとめたが、まだ助かった訳じゃない!
「死ぬ気で掘れ!先生が作った時間を無駄にするな!」
リーナの怒号が闇を震わせた。
既にボロボロのダンカンやコハルたちが血に濡れた指で瓦礫を掻き、岩を動かす。
だが、出口はまだ見えない。
焦燥が広がる。呼吸が荒れ、仲間の声が震える。
ソウマの手元の禍石は大きなヒビが入り、ボロボロと崩れていく…まずい。
そのとき――
ふらつきながら、ザイルが立ち上がった。
「見とけよ……これが俺の本気だ……!」
杖を振るい、拳大の小さな魔法陣を描く。
いつもの派手さはない。だが、必要なものが詰め込まれたような力強さがそこにはあった。
土がうねり、瓦礫が崩れ、光が差し込む。
「出口だ!」
今度こそ魔力を完全に使い切ったザイルはそのまま崩れ落ち、意識を失った。
「行けぇぇぇ!」
最後の力を振り絞り、仲間全員で穴を広げる。
外気が雪崩れ込み、光が射す。
誰かが泣き、誰かが笑い、誰かが叫んだ。
全員が地面へと這い出した瞬間、ソウマは激しく痙攣し、拳大の禍石は遂にその役目を終えたかのように砕け散った。
外の風は冷たく、夜明けの匂いがした。
サラが震える手で治癒魔法を放ち、足の怪我人に光を宿す。コハルはすぐにまわりを警戒する。
「これで……走れるはず……!」
「全員、山を抜けるぞ! 一気に走れ!コハル、魔物は!!」
「前方なし!後ろには……、いるぞ!!狼の群れだ!!こっちに向かってきてる!!」
「全員、死ぬ気で走れ!!絶対に生き残るぞ!」
リーナの声が響く。
仲間たちは肩を貸し合いながら駆け出した。
馬車の中に横たえられたソウマの胸は、まだ上下を繰り返していた。
その呼吸は弱いが、確かに生きている証だった。
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明日22:00 第14話「目覚めの朝」公開します!
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