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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第八章【並び立つ者たち】
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第116話「三つ巴」

 血の匂いが、倉の奥に重く滞留していた。床に転がるレムリスの亡骸。


 その傍らで、ミラは意識を失ったまま横たえられている。


 ――その光景を目にした瞬間、カイの中で何かが切れた。


「……ミラから、離れろ」

 低い声。

 だが、怒鳴り声よりも重い。


 ゲオルグはゆっくりと振り返った。血に濡れた片腕。剣を下げたままの姿。その表情に、動揺はない。


「なんだ仲間か?遅かったな」


 その一言が、決定的だった。

 次の瞬間――

 カイは地を蹴っていた。


 剣が唸る。

 理屈も間合いも無視した、真っ直ぐな一撃。


 ――ガンッ!!

 金属音が弾け、火花が散る。


 ゲオルグは、片腕でそれを受け止めていた。わずかに身体を引いただけ。衝撃を殺し、足元すら崩さない。


「……お前、火事の時に会ったヤツだな」


 その口元が、わずかに歪む。

「いい踏み込みだ。だが――」


 言葉の途中で、ゲオルグが一歩踏み込んだ。


 剣が振るわれる。

 重い。

 速い。


 そして、容赦がない。カイの身体が弾かれ、床を滑る。


「どうした? あの時のほうがまだ振れていた」


「怒り。戸惑い。力み。興奮……」


 ゲオルグの視線が、静かに突き刺さる。


「未熟だな。その剣で、誰を守るつもりだ。

お前が上に立てば、次に死ぬのは誰だ」


ゲオルグの言葉に、カイは答えなかった。


ただ、剣を握る指に、じわりと力が籠もる。革巻きが、きしりと鳴った。一瞬、呼吸が浅くなる。


次の踏み込みは、速い。

だが――ほんのわずかに、硬い。


「……カイ」


背後から、サラの低い声。


「呼吸」


それだけだった。



カイは息を吐き、足の裏を地に沈める。

肩の力が、ひとつ落ちた。


剣先が、再び“間”に戻る。



 その直後、鋭い声が割って入った。


「待て!!」

 イリーナだった。


 剣を抜いたまま、ゲオルグとカイの間に立とうとする。


「誤解だ! その女は――我々が救った!!危害を加えるつもりもない!」


 だが、ゲオルグは止まらない。ミラに剣を突きつけゆっくりと語る。


「大切なものならば、自らの力で守ってみせろ。」むしろ、楽しげに肩を鳴らした。


「…ゲオルグ様!」


「おい、少年!ここは引け。お前が剣を向けるのであれば、どんな理由であろうとも、我々はお前を排除せねばならん!」


イリーナが歯を食いしばり、一歩踏み出そうとした、その瞬間。


「――させるかよ」


 横合いから、土が爆ぜた。床が盛り上がり、壁のように隆起する。ザイルの魔法だ。


イリーナは反射的に後退し、ザイルと正対する。


カイは一度、肺に溜まった重い空気を吐き出し、そして新しい空気を思いっきり取り込んだ。


(相手は遥か格上…、でも先生。俺はいくぜ!もう恐怖には囚われない!)


「…ほう」


一瞬感心したようなゲオルグ。

再び斬りかかるカイ。常人であれば間違いなく見切れない程の速度。


しかし、ゲオルグはこれもあっさりと受け止めてしまう。二人の間に火花が何度も飛び散る。


(あの一瞬で立て直したか。コイツも後ろのヒーラーもなかなか見どころがある)


「ハインツっ!!止めろ!」


イリーナが叫ぶと同時に動く一際大きな騎士。巨大な盾と共にカイとゲオルグの間に割って入りに動き出した。しかし、


「そこまでだよ」


その巨漢の影から突然現れたのはコハルだった。


 ――ヒュッ。


鎧の隙間を縫うようにナイフを差し入れようとするが、わずかにかわされ金属どうしの擦れる嫌な音が響き渡った。


それを見て、コハルは笑った。


「……へぇ。やるじゃん」


コハルは新しい武器を構え、耳を伏せる。獣のような低い姿勢。


 これを機に元近衛騎士団の五人が、自然と散開した。それは明確に敵と認識した動きだった。


 索敵、前衛、中距離、魔法、後衛。

 完璧な陣形でコハルを取り囲む。


————————————-


三つ巴が形を取り始める中、

 ザイルは相対する女騎士――イリーナの視線を受け止めていた。


 剣の構え。

 踏み込みの角度。

 そして、あの目。


(……間違いないな、あのときリオネールで絡んできた女だな)


 しかし、ザイルより早く口を開いたのは、イリーナの方だった。


「――やはり、貴様か」


 声は低く、確信に満ちている。


「モーションも魔法陣もない土魔法。……そんなヤツは一人しかいない」


 一歩、踏み出す。

「しかし、何度も見せていいのか?隠し球は取っておくものだろう?」


 ザイルは、ふっと鼻で笑った。


「別にこの程度のことなら、俺の周りでは珍しくもないんでな、いくらでも見せてやるぞ」


 肩をすくめ、軽く構える。


「まさか、あの時の“嫌な勘”を、ここまで引きずってるとはな…」


 イリーナの剣先が、わずかに下がる。

「……貴様は危険だ」


 断定だった。


「仲間に近づけるわけにはいかん」


 ザイルの目が、細くなる。


「奇遇だな。俺も同じ意見だ」

 二人の間で、空気が張り詰める。



 背後では――

 低く身を構えたコハルと、散開を終えた五人が、互いを睨み合っている。


 正面では――

 血に濡れた剣を下げたゲオルグと、怒りを抑えきれないカイが、再度間合いを測っていた。


サラは気を失っているミラの横に滑り込み、明らかに不利なカイのサポートにも入れる場所にいる。


 三つの戦線。

 三つの意思。


 そして――

 この戦いが、もはや“誤解”だけでは終わらないことを、全員が悟っていた。

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