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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第八章【並び立つ者たち】
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第115話「誤解」


数分後。


 簡潔な情報が揃った。

 ――アジトは、採石場跡の倉。

 ――見張りあり。


 カイは、迷いなく決断した。


「行くぞ」


 その場に残るルッツが、静かに声をかける。


「私の役目は、ここまでです」


 夏の終わりを告げるような涼しげな風が外套の裾を揺らした。


「交渉も、尋問も終わりました。あとは――取り戻すだけ」


 ルッツは、まっすぐにカイを見る。


「頼みましたよ。リーダー」


 カイは深く頷いた。

「……必ず、連れ戻します」


 その言葉に、ルッツは何も返さなかった。

 ただ、背中を見送るだけで十分だった。



 ――同時刻。

 元・近衛騎士団。


 ゲオルグに従う五人のうち、斥候役のフェルクは、屋根の影に身を伏せていた。


 呼吸を殺す。

 視線の先。

 男たちに担がれていく、一人の女性。

 力なく揺れる栗色の髪。


(――やはり、か)

 フェルクは奥歯を噛み締めた。


 ゲオルグが警告した“越えてはならない線”。レムリスは、それを越えた。


(ゲオルグ様の言った通りだ……こいつは、我慢できなかった)


 フェルクは、追わない。すでに連中の根城は把握している。


 踵を返し、走り出す。


 枝を避け、石を踏まず、夜に溶けるように。

 獣人ではない。だが、訓練で獣より速くなった人間の走り。


 目指すのは、ただ一人。

 ゲオルグ・ディートリヒ。


 今もなお、フェルクにとっての――絶対の団長。

 

報告は短く、簡潔に。それが、この部隊の掟。


 ――行動を起こしました。

 ――場所は、採石場跡の倉です。


 フェルクはそれだけを告げた。報告を受けたゲオルグは、閉じていた目を、ゆっくりと開く。


 怒りはない。

 驚きもない。

 ただ、確信だけがあった。


「行くぞ」

 それだけ。


 百戦錬磨の五人とイリーナは、その一言で全てを理解する。


 命令ではない。合図だ。誰も言葉を発さぬまま、駆け出す。


 まるで――

 一つの生き物のように。


——————————————


 薄暗い倉の中は、石と埃の匂いが濃くこもっていた。


採石場だった名残の梁がむき出しの天井を支え、壁際には粗末な灯りがいくつも吊るされている。


 床に転がるように横たえられたミラの姿を見て、空気が一気に沸いた。


「……すげぇ」

「帝都でも、こんな綺麗な女、見たことねぇぞ」

「ほら見ろ。やっぱりだ……聖母はいたんだ」


 低い笑い声。

 喉を鳴らす音。


 信者たちの視線が、ミラに絡みつく。


 意識を失ったままのミラは、抵抗もできず、ただ胸が小さく上下しているだけだった。


「早くしろ!」

 レムリスが苛立ったように声を張る。


「禍石を飲ませるんだ!今夜こそ、女神が降臨するのだ!」


「女神が降臨する!」

「我らを導く聖母だ!」


 狂信者たちが、口々に叫ぶ。


 レムリスは一歩前に出ると、布で包まれた何かを掲げた。包みをほどいた瞬間、灯りが歪んだ。


 黒紫に鈍く光る、拳大の禍石。


「……レムリスさん、それは……」

 一人の信者が、思わず声を落とす。


「いくらなんでも、大きすぎるんじゃ……。前に使ったのより、明らかに……」


その言葉に、レムリスはゆっくりと振り返った。


 目が、濁っている。

「何を言っている」


 静かな声だった。だが、その奥に狂気が滲む。


「女神が、この程度の禍石に飲まれるものか」


 禍石を、ぎゅっと握りしめる。


「むしろ、これこそが“選別”だ」

 口角が、歪に吊り上がる。


「耐えられぬなら、それまで。これに耐えてこそ――本物だ」


周囲が、息を呑んだ。誰も、もう止められない。


 レムリスは、ミラの顎に手をかけ、無理やり口を開かせようとする。


 ――そのとき。

「……何をしている?」


 低く、冷え切った声が倉に落ちた。


 空気が、一瞬で凍りつく。

 入口に立っていたのは、一人の男。


 巨躯。

 片腕。

 無表情。

 

 信者たちの顔から、血の気が引いた。


「……げ……」

「ゲオルグ……!」


 レムリスの手が、わずかに震える。

 だが、狂気はまだ消えない。


「ち、違う……これは……」


 必死に言葉を探す。


「聖母だ!禍石を持ち、慈愛に満ちた女だ! この女がいれば、我らは――」


その言葉を、ゲオルグは最後まで聞かなかった。


「オットー」

 短い一言。


「はい」


 返事と同時に、風が鳴った。


 ――ひゅん。

 放たれた矢が、一直線に飛ぶ。

 次の瞬間。


「――ぐぁっ!!」


 鈍い音。


 レムリスの手のひらを、矢が正確に射抜いた。禍石が、床に落ちる。


 転がり、止まる。


 ゲオルグは、ゆっくりと歩き出す。


 一歩。

 また一歩。


 信者たちは、恐怖で誰も動けなくなっていた。圧倒的な威圧感が場を支配していた。


「せ、聖母さえいれば……!」


 血に染まった手を押さえ、レムリスが縋るように叫ぶ。


「聖母がいれば、全ては……!」


 ゲオルグは、立ち止まった。そして、低く言い捨てる。


「……外道が」


 次の瞬間、剣が閃いた。音は、ほとんど聞こえない。恐ろしいほどに無駄のない剣線。


 少し遅れて、ただ重いものが床に落ちる音だけが、倉に響いた。


 レムリスは、その場で絶命した。


 血が激しく飛び散り、ゲオルグはあっという間に血に染まっていく。


 だが――ミラの身体には、一滴もかからなかった。


 それすらもゲオルグは計算していたのだ。


 静まり返る倉。


 残された信者たちは、ただ震えるだけだった。

 そのとき――


 外から、足音が駆け込んでくる。


 「ミラ!!」


 怒りに満ちた声とともに、カイたちが踏み込んできた。


 血に濡れたゲオルグ。

 床に倒れたレムリス。

 そして、動かないミラ。


 状況は、一瞬で“誤解”を生んだ。

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