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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第八章【並び立つ者たち】
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第112話「聖母」

宿場町が見えたのは、山道が一度ゆるく開けたところだった。


 街道沿いに並ぶ倉庫の屋根。馬屋の柵。乾いた土の匂い。人の声が、風にほどけて耳へ届く。


「ここが中継の宿場町です」


 ルッツが、杖の先で道の端を示した。街道の両側に、荷車がすれ違えるだけの幅が確保され、車輪の溝が何本も刻まれている。


「山から領都へ運ぶなら、ここが“喉”になる。喉が詰まれば、全部が止まります」


 カイは頷いた。喉の奥が乾く。責任の形が、言葉で輪郭を持つと、急に重くなる。


「……だから、先に話をつけるんですね」


「ええ。今のうちに、倉庫の貸し出し、通行税、護衛の手配。 “揉める前”に利を作っておく。交渉の基本です」


 ルッツは涼しい顔で言った。


「俺も、同行していいですか」


 カイの声は、思ったより硬かった。ルッツは一瞬だけ目を細め、すぐに笑い皺を深くする。


「もちろん。見て学ぶのが一番早い」


 その会話の横で、コハルが耳をぴくりと立てた。腰の新しい武器に手を添え、指先で感触を確かめる。


「あたしは町の外れで少し動いてくるね。今、なんか掴めそうなんだ」


 高揚というより、獣が獲物の気配を嗅いだ時の、静かな集中。以前の無邪気さよりも、輪郭のある“手応え”が表情に出ていた。


「無茶すんなよ」


ザイルが短く釘を刺すと、コハルは肩をすくめた。


「分かってるって。倒れない程度にやる」


 そしてミラが、宿場町の奥――小さな丘の上にある建物を見た。


 白い石壁。窓は小さく、入口の前には木の柵。そこだけ少し静かで、空気が柔らかい。


「あそこがウォーレン様が話してた孤児院だよね」


 ミラの声が、ほんの少しだけ弾む。サラも同じ方向を見て、頷いた。


「寄っていいかな? 少しだけでいいんだ」


 カイは反射的に口を閉じた。ウォーレンの言葉が脳裏をよぎる。



 ――若く美しい女性が狙われている。



「……誘拐の話、聞いただろ」


 ミラは、その視線を外さずに言った。


「うん。でも、町の中だし。孤児院に行くだけだよ。それに……見ておきたいの。ウォーレン様が守ってる場所を」


 サラが、そっと添える。

「私も一緒に行こうかな。すぐ戻るよ」


 カイの喉が鳴った。

 不安を止めたいのに、止めればミラの“優しさ”を折る気がした。そこへザイルが一歩前に出る。


「だるいが俺も行くしかねぇな。……それならいいんじゃねぇか?」


 カイは、ようやく息を吐いた。

「……わかった。ザイ、頼む」


 分担が決まり、街の空気がまた動き出す。


 ルッツとカイは役所の方へ。

 コハルは町外れへ。

 サラとミラとザイルは丘の孤児院へ向かった。



 孤児院の扉を開けた瞬間、温い空気と、子供の声がぶつかってきた。


「お客さまだー。あそぼー」


 小さな靴の音が床を叩き、布の匂いが近づく。ミラは膝を折り、目線を合わせて笑った。


「うん。少しだけね」


 手が、袖を引く。髪に触れる。

 ミラが笑うと、子供たちはそれだけで安心したみたいに声を上げる。


 サラは、奥で手伝いをしていた職員に会釈し、薬草の包みを差し出した。


 ただ、病の気配は感じられない。ここはちゃんと“生きている場所”だった。


 ザイルは入口の少し外。


 孤児院の柵にもたれ、周囲を見回していた。

 視線を流す。


 通り。露店。荷車。宿屋。


 ――食堂。


 戸口の影に、粗い布の男たちが固まって座っている。笑っている。だが、笑い方が硬い。肩が立っている。


 視線が、孤児院へ向いている。

(……あいつら、領民じゃねぇな)

 

 旅慣れた雰囲気の割に落ち着きがない。

 ザイルは目を細めた。


 その瞬間――

食堂の奥で、ひときわ高い声が上がった。


——————————-


「レムリスさん、もう探さなくていいんですか」

 酒杯を置く音。椅子が軋む音。


 レムリスと呼ばれた男は、眉間に皺を寄せ、低く吐き捨てた。


「分かってる」

「分かってる、じゃないですよ! これじゃ、いつまで経っても――」


 若い信者が熱を帯びる。手が震えている。恐れと興奮が混じった色だ。


「ここじゃ俺たちの言うことが正しいって、誰も信じねぇ。貴族がいかに汚えか知らないんだ。だからこそ言葉を伝える象徴が必要なんだ。――聖母が」


 その言葉で、周囲の男たちの目が光る。


レムリスは舌打ちし、声を落とした。

「……ゲオルグがいる限り、勝手な真似はできん。警告されただろ。次に同じことをすれば――俺たちは、一瞬で真っ二つだ」


 不満が、喉の奥で泡立つ。


「じゃあ、待つんですか……?」

「待つしかないだろ…」


 ――そう言ったはずだった。


 だが、レムリスの視線が、ふと外に吸われた。孤児院の庭で、子供たちに囲まれている女。


 笑っている。触れられても嫌がらない。その姿が、妙に目に刺さった。


「……ああ、なんと美しい…」


思わず呟いて、同席の男たちの視線も自然とミラに集まっていく。


(あんなのが、象徴なら)


 その時、子供が勢いよくミラに抱きついた。

 ミラの腰の小袋が揺れて、紐がほどけ――


ころり、と。


 石畳に落ちた小さな結晶が、薄く黒紫に光った。


虚晶石。


 落とした本人は、気づかない。だが、それを見た男たちは、確かに見た。


「おい!見たか!」

「……禍石?!」


 息を呑む音が重なる。


「持ってる……? あの女が……?」


 レムリスの瞳が、熱を帯びる。

(優しく美しい女。慈愛に満ちた表情。子供に慕われ、そして禍石を持っている)


(――聖母だ!)


 その瞬間、食堂の空気が一気に沸いた。


「おい、レムリス、今の見ただろ!禍石持っている女なんて普通じゃない!聖母だ…ゲオルグも今ここにはいないんだ、チャンスじゃねえか!」


 だが同時に、元傭兵のレムリスは気づいた。

「待て」


 孤児院の外――あの男はおそらく女の護衛だ、こちらを時々見ている。


「……あの男、相当やるぞ。何度も死線を潜り抜けてきた人間の眼だ」


「じゃあどうする?このまま聖母がいなくなるのを黙って見てるのか?!」


 レムリスは、口元を歪めた。

 そして、指先だけで命令した。



「――囮を作れ」


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