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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第八章【並び立つ者たち】
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第110話「一本の糸」

――時間は少し遡る。


冷蔵庫プロジェクトが議会で“可決”された直後。

帝都の外れに打ち捨てられた礼拝堂。


ひび割れた床の下へ続く階段を降りると、湿った空気が肌にまとわりつく。


薄暗い地下に、五つの影が集っていた。


ラムダ。


その隣で豪奢な外套を羽織る男――セオグラシア教団の教祖ルシアン。


ルシアンに寄り添う黒髪の若い女性。


無言の巨躯、ゲオルグ・ディートリヒ。


そして、彼の背を守るように立つ副官イリーナ。

揺れる灯火が、五人の影を歪に伸ばした。


「――冷蔵庫プロジェクトが通った。次の動きは見えている」


ラムダは手を合わせるように指を組み、淡々と告げた。


その声音とは裏腹に、瞳の奥には微かな期待と焦燥が灯っている。


「リーナたちは間違いなくウォーレン子爵領へ向かう。禍石とミスリルの流通を確保するには、あそこを通るしかない。だが……あの領には暴徒化した“君たちの信者”がいる」


そう言って、横目でルシアンを見る。


 ルシアンは頬杖をつきながら女性の腰を抱き寄せ、気だるげに答えた。


「おいおい、あいつらは“俺の信者”じゃないさ。

俺は舞台に立ってるだけ。煽ってんのはそっちだろ、ラムダ」


 その横で女性が肩を揺らして笑う。


 艶やかに垂れた黒髪が、灯に照らされて金のように光る。


「でもルシアン。あなたが前に出ると、みんな夢中になるわ。

……まるで本当に神様みたいにね」


 ルシアンは鼻で笑い、肩をすくめた。


「悪い気はしないけどな」

 

ラムダは小さく頷き、話を進める。

「暴徒が暴れ続ければ、リーナたちの進行が乱れる。適度な“試練”は必要だが、完全な暴走は不都合だ。だから――ゲオルグ、君たちに抑えてほしい」


 ゲオルグはほとんど反応を見せなかった。


 ただ、しばし沈黙のあと、石のように硬い声を落とす。


「……皇帝を殺せれば、他はどうでもいい。

イリーナ、行くぞ」


 踵を返し、薄暗い通路へ消えていく。


 イリーナは一瞬だけラムダを刺すような目で睨み、彼の背を追った。


階段を上ったところで、部下五人がイリーナを取り囲む。


「イリーナさん……本当に行くんですか?」

「俺たちは……いつまでこんな真似を?」

「俺たちは帝国の盾だったんだ。もう……耐えられませんよ」


 押し殺した不満。

 迷いと怒り。

 その全てがイリーナの胸を焼いた。


「命令だ。従え。

……嫌なら今ここで抜けろ」


 五人は黙る。


 だがその沈黙は、従順ではなく“限界”の気配だった。


 イリーナは一度階段を見上げ――

 反転し、再び地下へ戻った。


足音も呼吸も殺し、気配を消す。

次の瞬間、ラムダの背後に影が落ちた。


剣気が奔り、冷たい刃がラムダの首へ触れる。


「……何かな?」


ラムダは驚きも見せず、楽しげに問いかけた。

イリーナは噛み殺した怒りをそのまま声に乗せる。


「勘違いするなよ、ラムダ。

私たちはゲオルグ様の命で動く。

だが――貴様の犬ではない」


 刃先が喉元に浅く食い込み、ラムダの肌がわずかに赤く染まる。


「もし貴様がゲオルグ様を“利用”しているだけなら――」


 イリーナの声は低く、鋭い。

「私は迷わず、その首を落とす」


 ラムダの口元がひくりと笑みに歪む。


「怖いな。だが、誤解だよ。


私はただ……彼の望みに手を貸しているだけさ」



 イリーナは息を吐き捨てるように剣を収め、踵を返す。その背中からは、怒気と哀しみが入り混じった熱が滲んでいた。


イリーナが去った礼拝堂に、静寂が戻る。


ルシアンが大げさに肩をすくめる。


「おい、ラムダ。……平気なのか?

俺は別に世界がどうなろうとどうでもいいが、巻き添えはごめんだぞ」


 ラムダは影のような笑みで返す。


「大丈夫。ゲオルグは“皇帝殺し”という一本の糸を生き甲斐にしている。

その糸が切れない限り、どこにも行かない。

イリーナも……本当は分かっているよ」


 すると、ルシアンの隣の女性がラムダに艶めいた視線を向け、囁いた。


「ねぇ、ラムダ。あなた、

人の心は読めても……女心は全然分かっていないのね」


 ラムダはわずかに眉を上げ、静かに笑った。


「……僕は“心の声”を聞くだけだ。

本当の心なんて、分かりたいとも思わないさ」


 灯火が揺れ、影が伸びた。


ムダの密談を終えたゲオルグ一派もウォーレン領へ向けて静かに動き出した同じ頃、ウォーレン子爵はすぐさま自領へ戻るため馬車を走らせていた。


帝都に残っていたカイたちは、リーナから任務説明を受け、装備を整え、アルノルトとの最終の打ち合わせを行っていたため出発は、議会から 一週間後 となった。


さらにリオネールで三日滞在し、そこから再び馬車で山道を北上する。


ウォーレンが領へ戻って 二週間ほど経った頃――ようやくカイたちは目的地へと辿り着いた。

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