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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第八章【並び立つ者たち】
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第109話「拾われた日」

#108「拾われた日」



 「ここでリーナのお母さん、サリナに出会ったんだ。出会ったというよりも拾われたんだけどねー」

 笑いながらゆっくりと思い出すように、あたしはサラに話し始めた。

 夜の風が髪を揺らして、どこか懐かしい匂いを運んでくる。


=================


 ――どうしても、独り立ちしたかった。

 出来ると思ってた。

 でも現実は、そんなに甘くなかった。


 煌めくリオネールの街の片隅で、今日食べるものにも困ってた。

 飢えが頭の中を支配していた。

 スリは得意だった。誰もあたしの速さについてこれない。

 罪悪感なんて、とっくに擦り切れてた。


 その日も、同じだった。

 また獲物だ。

 今度は、あの女の財布をくすねてやろう。


 でも、その女は、財布に手がかかる前に私の腕を掴んだ。初めての経験だった。

 でもその人は、あたしの手を掴むより早く、あたしの心を掴んだ。


 「ただ腹が減ってるだけだろ? なんか買ってやるよ」


 優しくて、強くて、あたたかい声だった。

 力が抜けて、代わりに涙があふれた。


 「何が食べたい? あの肉の串焼きなんてどうだ?」


 炭の香り。焼ける音。

 煙の向こうで、女の人の笑顔が光ってた。

 ――それ以来、肉の串焼きが何よりも大好物だ。


 その人はサリナと名乗った。

 元冒険者で、腕っぷしも強い。

 だけど、笑うときは子どもみたいに楽しそうだった。


 「もう二度と盗みなんてするんじゃないよ。

  よかったら、うちの商隊に来な」


 その声には、逆らえなかった。

 逆らう気もなかった。

 気づけば「うん」と頷いてた。


 商隊の馬車に連れて行かれると、

 そこで、あたしはもうひとりの人に出会った。


 「母さん! 誰、この子!?」


 声のする方を向いたら、

 陽の光みたいな笑顔の女の子が駆け寄ってきて、

 そのまま、いきなり抱きしめられた。


 「可愛い!!母さん、新しい仲間になる子なの!?」


 お風呂にも入ってなかったし、服も汚れてた。

 それなのに、その子――リーナは、

 何のためらいもなく抱きしめてくれた。


 「コハルだ。今日からこの商隊のメンバーだ。仲良くしてやってくれよ、リーナ」


 「もちろん! コハル、よろしくね。あたしはリーナ!」


 胸の奥で、ぽん、と音がした。

 きっとあの瞬間、あたしの中で“群れ”ができたんだと思う。

 この日から、あたしには母と姉ができた。


 笑って、怒って、食べて、寝て。

 旅に出るときは特に楽しかった。

 魔物が近付いたら、誰よりも早く知らせた。

 あたしは誰よりも速く、誰よりも遠くの気配を感じられる。

 それを誇りに思ってた。


 ――でも、ある日。

 いつしか旅に出られなくなって、リーナのお父さんが病気になった。

 すごく弱っていくのが匂いで分かった。

 サリナもすぐに同じ病気になったのも分かった。


 そのまま、お父さんは息をしなくなった。

 リーナがすごく泣いていたけど、あたしは必死で我慢した。


 サリナはいつもお花を育てていた。

 年に一度しか咲かないって言って、体が弱っても大切に育てていた。


 その花が夜に咲いた日、すごくいい匂いがしていた。

 その花が咲いた夜に、サリナは息をしなくなった。


 リーナがすごく泣いて、あたしも泣いた。

 すごくいい匂いがしているのに、悲しい匂いだった。


 その時、あたしは誓った。

 リーナを二度と泣かせない。

 あたしが守るんだって。


 それから少し寂しい気持ちになると、

 あの時の匂いがするようになった。

 寂しいし、悲しいけれど、不思議と落ち着く。

 あの花の匂いは、あの人の笑顔の匂いでもあるから。


====================


 「今日もなんか、あの時の匂いがするなー」


 少し寂しそうに呟くと、サラがそっと抱き寄せてくれた。


 「コハルちゃんは、あったかいな」


 あたしは目を閉じて、笑顔を浮かべる。

 「サラはいい匂い」


 サラの匂いはどこかサリナを思い出させる。

 強くて、包み込んでくれるような匂いだ。


 ミラもいい匂い。

 ミラといると、すごく落ち着く。

 優しい気持ちになれる匂い。


 リーナとソウマは特別だけど、

 サラも、ミラも、みんないい匂い。


 あたしの新しい家族の匂い。


 夜の風が吹き抜けて、

 遠くの月下美人の香りが、もう一度ふわりと流れてきた。


 あたしはそっと目を閉じる。

 ――母さん、今のあたし、ちゃんとやれてるよ。


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