第105話『聞こえる…』
生まれつき、世界は俺に均等ではなかった。
貧乏男爵家の、さらにその使用人の子どもとして産み落とされた瞬間から、俺の分け前は決まっていた。皿の数も、寝床の広さも、与えられる言葉の温度も。すべてが欠けていた。
だが俺には、ひとつだけ与えられすぎたものがあった。
――人の心の声だ。
目の動き、舌の湿り、指先の震え。
言葉と態度の隙間から、心の奥底にある醜い本音が覗く。子どもの頃からそれが見えすぎた。だから俺は苦しかった。母は「大丈夫」と笑いながら心の中で「生まれなければよかった」と呟く。村人は「よく働くな」と褒めながら「無駄飯食い」と舌打ちする。
俺にとって世界は、絶え間なく嘘を流し込んでくる牢獄だった。
男爵も例外ではない。
領民の苦しみには背を向け、自らの欲望だけを満たす。酒、肉、女。それが尽きれば苛立ち、拳を振るう。
夫人は冷たく、だが夜には俺を呼びつけるようになった。まだ子どもの俺に。
あの肌の熱と匂いを、俺は今でも忘れない。嫌悪より先に、胸の奥底で燃え上がったのは――破壊への衝動だった。
「ああ…そうだ…全部壊してしまえばいい」
そう考えるようになったのは、この頃からだ。
夫人を操るのは容易だった。
ほんの少し言葉を選び、心に寄り添うふりをすればいい。彼女は俺に傾き、やがて夫を殺した。
男爵家は取り潰され、俺は解き放たれたのだ。
街へ出て、俺はルシアンと出会った。
奇妙に派手な身振り、舌先三寸で人を騙す男。俺が筋書きを描き、彼が舞台に立つ。詐欺の興行は恐ろしくうまくいった。俺たちは最高の相棒だった。
だが、彼の欲は小さすぎた…
その場の金
その場の女
その場の喝采
俺が欲するのは違う。もっと大きな、もっと冷たい、もっと鮮やかな崩壊……崩れていく…音が聞きたい…
だから一時、彼と距離を置いた。
盗賊団に入り、頭目を手玉に取って組織を動かす。
盗賊団も面倒になった。だから壊す事にした…
公爵領でその盗賊団ごと罠にかけ、俺だけが生き残り、公爵の特殊工作員として拾われた。
任務で帝国中を巡る途中、ある古びた書庫で一冊の魔導書を見つける…
闇魔法
誰も解き明かせず放置されていたその本を、俺は読み切り、己の中に刻んだ。
影を縫い、心を縛り、存在を削る術――それは俺が抱え続けてきた衝動に、見事に噛み合った。
ルシアンとの再会は偶然だった。
相変わらず詐欺で食いつなぐ彼に、俺は言った。
「舞台を大きくしろ。信者を集めろ。教祖になれ」
彼は乗った。俺が書き、彼が演じる。
そうしてセオグラシア教団の炎が灯った。
さらに、俺はひとりの男を助け出した。名はゲオルグ。皇帝の反感を買い全てを失った男…力に飢え、復讐に渇いた獣。俺の計画に使える駒だ…
コイツは操る必要もない…自ら破壊へすすむようだ……
そして、俺は出会った!!
ソウマ――異郷人
ああ、ああ、ああ……なんて醜く、なんて美しい。
魔法も持たず、無力で!!
足元に転がる虫けらのようなのに。
なのに、世界を動かす音を立てる。歯車を噛み合わせ、景色を塗り替える、コイツだ!コイツが世界を狂わせる主人公だ!みつけた。
そうだ、贈り物をやろう…
俺の大切な本…
壊してやりたい!
息の根を止め、その眼から光を奪いたい。
けれど……もっと見たい。もっと。もっと…
仲間もいい!!コイツらの
笑う顔を。泣く顔を。
愛に縋る顔を。絶望に沈む顔を。
すべて見たい…
やっと幕が空いた……
崩壊が始まった…
聞こえる…
聞こえる…




