第104.5話「恋と酒と帝都の夜」
帝都滞在最後の夕方。陽が傾き始め、石畳の街路に橙色の光が長い影を落としていた。
昼の喧騒をそのまま引きずるように、通りのあちこちで屋台の灯がともり、香ばしい肉の匂いと甘辛いソース、香辛料の刺激が入り混じって風に乗って流れてくる。行き交う人々の声は賑やかで、祭り前夜のような高揚感が街全体を包み込んでいた。
宿舎の前で、カイが拳を握りしめた。
「……よし、行く!」
「どこにだよ」
ザイルが面倒くさそうに肘をついて壁にもたれかかる。
「ミラを……夜の帝都に連れ出す! いや、これはデートだ!」
カイは妙に真剣な顔だった。
「……やめとけ」
「なんでだよ!」
「お前なぁ……帝都舐めんな」
ザイルの苦い顔も聞かず、カイは勢いよく宿舎に入り、ミラを半ば強引に誘い出した。ミラは少し戸惑いつつも、夜の街並みに興味津々といった表情で、素直についてきた。
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二人は屋台で串焼きを買い、通りを歩き、ちょっとした土産屋をのぞき――。
カイは内心ドキドキが止まらない。ミラが楽しそうに笑うたびに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
だが、帝都の夜はそう甘くなかった。
「……ちょっとお手洗い行ってくるね」
とミラが屋台の裏へ消えたその数分の間に――
「やあ嬢ちゃん、ひとり?」
「君、地方の子だろう?案内してあげようか?」
気づけば、周囲には軽く3人のナンパ男が集まっていた。
「なっ……!! おい! そこ、俺の仲間だ!!」
カイは慌てて割って入り、威嚇するように肩を広げた。
「なんだよ、男連れか?」
地元の若者特有の圧。カイは即座に睨みを返し、魔力を滲ませた一喝でようやく撃退。
その後も、串焼きを並んで食べているだけで二度ほど声をかけられ、最終的に――
「……疲れた……」
宿舎に戻ってきた頃には、カイは肩をぐったり落としていた。
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玄関前で待っていたザイルが、呆れ顔で迎える。
「……だから言っただろ?」
「……帝都、恐るべしっ……!」
「お前、分かってねぇな……」
ザイルは大げさにため息をつき、指を一本立てた。
「いいか。そもそも――うちの商隊の女のレベルが高すぎるんだよ」
「は?」
「リーナ、タリア、コハル、サラ、ミラ……全員美女だ! 帝都でもあれだけ揃うのは珍しいぞ。お前は目が肥えてんだ」
カイは無言で頷く。確かに、それは否定できなかった。
「だがな――他の四人とミラには決定的な違いがある!」
ザイルが身を乗り出す。カイはごくりと唾を飲み込んだ。
「……な、何だ?」
「ミラは、美女の中でも圧倒的に声をかけやすい!!」
「――!!」
カイは息を飲んだ。
「想像してみろ。全員が知らない女だったとして、街角で話しかけるとしたら……」
ザイルの言葉に、カイの脳裏に情景が浮かぶ。
リーナ:『なんだ少年、暇なら仕事でもしてろ』
コハル:『弱いヤツ、嫌いだから』
タリア:『バーカ! 一昨日きやがれ! ギャハハ!』
サラ:『……何かよう?さようなら』
そして――ミラ:『はい、なんでしょうか?』と微笑む。
「…………なるほど」
カイは思わず納得の声を漏らした。
「言っとくがな……ミラは競争率一位。しかもダントツに!そこんとこ、勘違いするなよ」
ザイルの一言に、カイは頭を抱えてその場に崩れ落ちる。
「うおおおおお……!!」
カイはその場に崩れ落ちた。
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「何やってんだお前ら」
そこへタリアが姿を現す。作業着を脱いで軽装に戻った姿だ。
「……彼は今、落ち込んでる。そうっとしといてやれ」
ザイルが深刻な顔で答える。
「はあ?」
と、そこへ次はおめかしをしたサラが通りかかる。控えめな化粧とドレス風の服に、二人は思わず目を見張った。
「……エルとの約束?」
サラは少し照れながら、こくりと頷く。そして嬉しそうに足早に去っていく。
タリアが目を細める。「……何回目?」
「四回目だ! これは騙されてるだろ!」
「いや、エルはその辺もしっかりしてる。興味のない子を何度も誘うような奴じゃない」
タリアがニヤリと笑う。
「これは――本当に脈ありかもな」
「うおおおお!」
ザイルが頭を抱える。
「何やってんだお前」
タリアが呆れると、カイがニヤリと返す。
「……彼は今、落ち込んでる。そうっとしといてやれ」
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そこへ、背後から大きな声。
「タリア! 今日も飲みに行くぞ! 今日こそは!!」
ダンカンだった。目が血走っている。
「私はただで酒が飲めるし、別にいいぞ」
「ぐぬぬ……今日こそは……! あの約束、覚えてるだろうな!」
「なんだぁ? 僕ちゃんはそんなにご褒美が欲しいんだな」
タリアが艶っぽく顎を撫でて挑発する。
「勝利の美酒を飲みながら、お前を抱いてやる!!」
その目はまさに戦士の眼光だった。
「じゃ、行ってくるわ」
タリアはひらりと手を振り、カイとザイルの横を通り過ぎていった。
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「……しかし、ダンカンより酒強いって、どんなだ?」
カイがぼそっと呟く。
「先生が言ってたけどな……タリア、酒を解毒する魔道具持ってるんじゃないかって」
「え?もしそうなら、絶対勝てないじゃん……」
「カイ、よく見とけ。あれが――色香にほだされた男の末路だ……俺たちは男だけで飲みに行くか!」
「そうだな!」
カイとザイルは別の店で飲むことにした。
—-「だけどよー、カイ」
お酒もずいぶん進み、ほろ酔いのザイルが話し始める。
「俺たちも、あれくらいバカになった方がいいのかもな….」
「少なくとも、あの積極性は大事だな….」
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その夜、ダンカンは予想通り酔いつぶれた。
「まいどあり〜」
勝ち誇るタリアの声が夜風に響く。
「なぜだ……なぜ勝てない……」
「それは、僕ちゃんが弱いからですよー(酒じゃなくて頭がな)」とタリアがぼそっと突っ込んだ。
(……ソウマはたぶん気づいてるだろうな。やっぱり男は、頭が良くないと張り合いがないなー)
そろそろ帰ろうと、そっと席を立つタリア。
テーブルに突っ伏しているその背中の服の影から、傷跡が見えた。自分を庇って負った傷跡だ。
「こんなに頑張ってんだから、参加賞くらいはあげようかな」
そう言って、そっと頬に口づけをする。
ひとりで帰るタリアは、月を見上げてご機嫌で小さく笑った。




