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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第七章【契りと誓いの帝都】
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第104話「動き出す潮流」

議会が閉会し、貴族たちがざわめきながら退場していく中――

 ヴァルシュタイン公爵は、最後まで一言も発さなかった。

 その沈黙に、同派閥の貴族たちも誰ひとり声をかけられず、ただ公の周囲に重い空気が漂っていた。


「……コンラートを呼べ」


 低い声が響くと、すぐに一人の壮年の男が現れる。

 公爵の側近、かつてソウマが村にいた頃を監視していた人物――コンラートだった。


「壇上に立った男……お前が村で見た“異郷人”と、同一人物で間違いないな?」


「容姿、話し方、知識……いずれも一致します。間違いありません、公爵様。しかし、魔力については……」


 ヴァルシュタインはコンラートの言葉を手で制し、深く椅子にもたれた。

 眼を細め、思考を巡らせる。


(……なるほど。手段は不明だが、あれは確かに“異郷人”だ。だが――議場で見た限り、魔力の流れは完全だった。貴族たちが気づけぬのも無理はない)


 やがて、集められていた派閥の貴族たちに向き直る。


「――皆、ご苦労だった」


 重々しい声に、若い貴族たちが姿勢を正す。


「完全な勝ちではないが、悪くはない。皇帝派は自ら墓穴を掘った。今後、奴らの領地はますます苦しくなるだろう。自領の産業も持たぬ連中だ。せいぜい、死なぬ程度に予算を搾り取り続けてやればいい」


 その口元がニヤリと歪む。


 若い有能な貴族が一歩進み出て、問いかけた。

「――アルノルト伯の動きは、いかがいたしましょう? あの勢い……いずれ国の中核となるのは確実かと」


「アルノルトたちはこのままでいい」


 ヴァルシュタインはあっさりと答えた。


「むしろ国を維持するという意味では、皇帝派に実権があるより、彼らのような現実主義者が力を握る方が良い。我らに敵対さえしなければ、仲良くやればいいのだよ」


 再び、口元に笑みが浮かぶ。だがその瞳は冷たい。


(……気になるのは別のところだ)


 ヴァルシュタインの心の内に、黒い影がよぎる。


(ラムダ。やつだ……。新興宗教を煽動し、都市を混乱させたのは間違いなくあいつの仕業。昔から何を考えているか読めぬ男だったが……ここまで過激な行動を取るとは想定外だった)


(……もう利用できる段階ではない。――退場してもらう)

 


 誰にも聞こえぬ心の声とともに、ヴァルシュタインは静かに立ち上がった。

 その背中には、次の一手を睨む獣のような気配が宿っていた。


――



夜。帝都の喧騒が少しずつ静まり始める頃――アルノルト邸の広間は、逆にこれまでになく賑やかだった。

 豪奢な長卓には料理とエールが並び、火の灯りが黄金色に室内を染め上げている。


 壇上での議会を終えた一行は、アルノルトの呼びかけでそのまま屋敷に集まっていた。


「――以上が、議会での結果だ」


 アルノルトは手短に、しかし明瞭に経緯をまとめた。

 技術、財政、政治、いずれの面でも論破される余地はなく、ヴァルシュタインも沈黙。皇帝派は利権争いに終始して失点を重ね、結果――冷蔵庫計画は満場一致に近い形で採択された。


「つまり、完全勝利というわけだ」


 その言葉に、広間が一斉に沸いた。

 タリアとダンカンは早くもエールの樽を開け、景気よくジョッキを打ち鳴らしている。


「かっはは! 最高の気分だな!」

「こういう時は飲まなきゃ始まらねぇ!」


 サラとコハルも笑いながらそれに付き合い、ミラも穏やかな表情でその輪の中にいた。

 戦いの緊張が一気に解けた空気が、屋敷中に広がっている。



---


「――ソウマ殿、見事だった!」


 ウォーレンが上機嫌でジョッキを掲げた。

「堂々たる論理、見事な話しぶり……立派な貴族だな。いや――もう“貴族婿”か!」


「なっ……!」


 リーナがむせそうになり、ソウマが顔を赤くして頭をかいた。


 その光景に、商隊メンバーたちは一斉にどっと笑い声を上げる。


「先生〜、照れてる〜」

「おーい婿殿〜! 乾杯しようぜ!」

「ちょ、やめろ!変な呼び方するな!」


 そのやり取りはまるで戦場を共に駆け抜けた仲間の祝宴そのもので――緊張感に満ちていた昼間の議場とは、まるで別世界だった。



---


 アルノルトはそんな様子を眺めながら、満足げにワインを傾けた。


 政治的にも技術的にも、今回の一手は完全にハマった。皇帝派は弱体化し、ヴァルシュタインは一歩引いた。


 明日から帝都の空気は大きく変わっていくだろう。


「……やるべきことはまだ山ほどあるが、今夜くらいはいいだろう」


 重鎮たちの笑い声と、若者たちのはしゃぎ声が交錯する。

 その夜は、誰もが久方ぶりに胸を張って笑える夜だった。




アルノルト邸での祝宴がひと段落した翌日。


リーナが皆の前に立ち、今後の方針を手短にまとめる。帝都組・ウォーレン子爵領組・アルノルト領組、それぞれの任務を告げる。


「まずは帝都に残るメンバーだが、ソウマ、タリア、ダンカン、そして私だ」


タリアが笑顔で選ばれたメンバーにハイタッチをしていく。


「よっしゃー!夢にまで見た、資金も資源もザックザクで開発だぜぇ!!」


「はしゃぐのもいいが、ちゃんと仕事しろよ」

「当然!!」


「ダンカン。お前はタリアの護衛だ。まだあの殺し屋の動きが分からない以上、どうしても必要だ。アイツはお前を警戒しているだろう。頼むぞ」


「オッケー、任せときな」

と横目でタリアをみる。


タリアもシシシとダンカンをみて笑う。

この二人は死線を共に越えているため信頼関係も深い。


「次に重要になるウォーレン子爵領のミスリルと虚晶石の流通だが……」




「――カイ」




 リーナがまっすぐ彼を見た。


「お前に任せようと思う。大きな役目だ。失敗は許されん。できるか?」


挑発するように笑みを浮かべる。


「……俺が、商人として……」



 一瞬、カイの瞳が見開かれる。しかしすぐに、少年の頃から見てきた素直な表情ではなく、責任を引き受けた男の顔に変わる。


少年の頃から見てきた素直な表情ではなく、責任を引き受けた男の顔に変わる。




「――やってやるよ。任せてくれ!」



「補佐にミラとサラをつける。ルッツも交渉人として同行してもらう。護衛にはザイルとコハルが入ってくれ。カイ、一人で無理をする必要はない。足りない部分は仲間を頼れ、いいな」


 拳を握るカイに、サラがにやりと笑い、ミラが穏やかに頷く。ザイルは面倒くさそうな顔をしながらも「おうよ」と肩を鳴らした。



---


その横で、コハルは一歩引いた位置でリーナとソウマを交互に見ていた。


少し俯いた耳がぴくぴくと揺れている。


「……なあ、リーナ」

「なに?」

「ダンカンと、交代じゃ……ダメか?」


 その声には、ほんの少しだけ寂しさが滲んでいた。


「ダメ。モルドの件もあるし、機動力のあるコハルが動いたほうがいい……今回は我慢しなさい」


「……ちぇーっ」



 コハルは頬を膨らませ、しばらく考え込んだあとにやりと笑い――

 突然、ソウマに駆け寄って勢いよく抱きついた。


「うわっ!?」


 そのまま首筋に顔を埋めて――くんくん、くんくん……と深呼吸するように匂いを嗅ぐ。


 最後に、まるで犬がじゃれるように、ちょこんと舌で“ペロリ”とひと舐めした。


「な、なにやってるのよあんた!!」

 すかさずリーナの怒声が飛ぶ。



「だって……しばらくソウマの匂い、嗅げなくなるんだもん。これくらい、いいじゃん?」


「お前……今まで毎回嗅いでたのか!?」

「さあね~?」


 ひらひらと手を振り、コハルは悪戯っ子がいたずらが成功したときの笑顔を浮かべて逃げるように廊下の向こうへと駆けていった。



 ソウマは苦笑混じりに肩を落とし、リーナは耳まで真っ赤にしてソウマを見つめた。




舞台は国全土に広がる。


冷蔵庫プロジェクト、虚晶石の開発、肥料と備蓄による国力の回復――新たな産業と物流の網が、帝都を中心に動き始めていた。


一商隊から貴族となったリーナ陣営とアルノルト伯爵は、政治・技術・経済の三本柱を掌握し、帝国の新たな潮流の中心に立つ。


その成功は、皇帝派の失墜とヴァルシュタイン公爵の沈黙をもたらし、盤上の力関係を塗り替えた。


――だがこの笑顔の裏で、帝国は静かに軋み始めていた。


公爵とラムダ、新興宗教と皇帝派――誰もが一歩も引かぬ“内なる戦”の幕が、静かに上がろうとしていた。



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