第103話「帝都会議、開幕」
帝都の中央にそびえる議事堂――厚い石壁と尖塔が連なるその姿は、まるで帝国そのものの威厳を象徴していた。
大扉がゆっくりと開かれると、冷えた空気と無数の視線が一斉に流れ込んでくる。
玉座の間にも似た半円形の議場には、皇帝派・公爵派・中立派の貴族たちが整然と座していた。
低いざわめきの奥に、緊張と政治的な計算が渦巻いているのがわかる。
――その中央通路を、ソウマたちが堂々と歩み出る。
装飾品によって“魔力の流れ”を偽装したソウマを見ても、誰一人として異郷人だと疑う者はいなかった。
むしろ貴族たちは、噂に聞いていた“冷蔵技術の発明者”として彼を見ている。
ヴァルシュタインもその姿を黙って見つめていたが、感情は一切読み取れない。
ソウマは全体を見渡した。その中で一際存在感のある人物を見やる。言われなくても、彼がヴァルシュタイン公爵であると。
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議会の開会を告げる鐘が鳴る。
議長役の高官による形式的な挨拶のあと、アルノルトが立ち上がった。
「――本日の議題は、帝国の物流と生活を一変させる冷蔵庫計画の導入についてです」
堂々とした声が議場に響く。
ソウマが作成した資料が渡されていく。
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アルノルトは政治的な導入と全体像を説明し、途中でソウマに目を向ける。
「……技術的な詳細は、ソウマ殿から」
ソウマは一歩前に出て、簡潔に技術の核心を述べた。
「従来の“氷を作る”方式では魔力が莫大に必要でした。ですが、“熱を逃がす”発想に切り替えることで、魔力量は大幅に削減できます。構造は図をご覧ください。……既存のミスリル増幅装置を改良し、充填担当者を交代制で配置することで、持続的な運用が可能になります」
専門的な説明にも関わらず、論理は明快。数名の貴族が眉を上げた。
「……技術的な裏付けは、私が保証しよう」
ハルトヴィッヒが短く告げた。その声には、学者としての権威と重みが宿っている。
それだけで、皇帝派の一部が口をつぐんだ。
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ウォーレンが続いて供給体制と財政面を説明する。
「ミスリルは我が領から、魔力担当は交代制で。初期投資は必要ですが、五年以内に回収可能な試算が出ています。特定の領地に利益が集中しない形で、帝国全体の利益を優先した案です」
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案の定、皇帝派の一人が声を上げた。
「ふん、理屈は分かるがな……我らの領地への予算はどうなる? 財の再分配で我々の取り分が減るのではないか?」
ソウマは淡々と答える。
「予算についてはウォーレン子爵様が明確に試算しています。現行の補助金制度の一部を初期段階は十分に賄えます。むしろ長期的には食糧危機への備えによって財政負担が減り、全体の利益は増えるはずです」
さらにもう一人も声を荒げる
「莫大な予算が必要なのは変わらん! そんな計画、机上の空論に過ぎん! 他の事業の予算はどうなるのだ! 我々の領地の分は――」
その声を遮るように、ハルトヴィッヒが静かに立ち上がった。
議場全体に重い空気が走る。
「――くだらぬ利権争いは、ここでする話ではない」
「なっ……!」
「今ここで問われているのは、帝国の未来を拓く技術と、その導入可否だ。懐勘定を持ち込む前に、国家の存続を考えるのが貴族というものだろう」
皇帝派の貴族たちは顔を見合わせ、言葉を失う。
ハルトヴィッヒ家は学問と理性の象徴。彼がここまで強い口調で諫めるのは、珍しいことだった。
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議論は進み、ソウマとアルノルト、ウォーレン、ハルトヴィッヒの連携は完璧だった。
技術的な構造、必要資材、建設工程、維持費――すべてが理路整然と示されていく。
ソウマの周囲には、アルノルト、ウォーレン、ハルトヴィッヒの三人が控え、必要な箇所で補足や政策的な補強を加えていった。
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その様子を、円卓の奥でじっと見つめる男がいた。
ヴァルシュタイン公爵である。
椅子の背にもたれ、腕を組み、ただ目を細めて議場を観察している。
その姿はまるで、蛇が静かに獲物を見極めているようだった。
(……論理に穴はない。アルノルト、ウォーレン、ハルトヴィッヒも要所を押さえた。
この流れは――もう、変えられん)
ヴァルシュタインは口角をわずかに上げ、視線を自派閥の若手貴族たちに向けた。
それだけで、彼らは意図を察して頷く。
(いいだろう。アルノルトを勝たせる。
我が派は“勝ち馬”に乗り、皇帝派を切る……利は、我々の手に残る)
議場の表面は静かだったが――裏で勢力図が音もなく書き換わっていた。
壇上のソウマは、その変化をまだ知らない。
しかしその姿は堂々としていた。
異郷人という“烙印”を覆し、理と技で議場を制圧する――その光景に、多くの貴族たちが心を動かされつつあった。
その背中に、もはや“異物”の影はなかった。
ヴァルシュタインは軽く顎を引き、自派の若手に目配せを送った。
次の瞬間、公爵派の数名が態度を一転し、アルノルト案への賛同を表明し始める。
――アルノルト陣営の勝利が、議場の空気そのものに刻まれた瞬間だった。




