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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第七章【契りと誓いの帝都】
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第102話「前夜の布陣」

 帝都での決戦の舞台――議会が再開される前夜。

 アルノルト邸の一室には、ソウマ、リーナ、アルノルト、ウォーレン、そしてハルトヴィッヒの五人が顔を揃えていた。重厚な扉が閉ざされ、蝋燭の光が静かに揺れる。明日、帝国の政治を大きく揺るがす提案を控えた“最終確認”の場だった。


 卓上には、冷蔵庫の構造図と技術説明用の資料が並べられている。

 ソウマは、描き込まれた図を指しながら口を開いた。


「……従来の“氷を作って冷やす”方式では、莫大な魔力が必要でした。それが原因で、どの計画も途中で頓挫した。でも――発想を変えればいい。冷やすのではなく、“熱を逃がす”」


 ソウマはペンを滑らせ、氷を作る魔法陣とは別に、外気と庫内をつなぐ“熱の通り道”を描いた。

 中から外に熱を移動させる、魔法の本質は情報改変、魔力はそのコスト――その仕組みだ。


「熱を逃がすという発想であれば冷却に使う魔力量は移動だけ。消費を格段に減らせる。……これは発想の転換なんです」


 ウォーレンとアルノルトは黙って図を見つめる。

 そして、ゆっくりと頷いたのはハルトヴィッヒだった。


「……見事だ」

 彼は眼鏡を押し上げ、感嘆を隠さなかった。

「この技術は、我が家の学閥でも長らく議論はされてきた。しかし誰も実用化には至らなかった。冷却魔法にこだわり、伝導という発想に至らなかったからだ。これは――帝国の学問史に残る転換点になる。学問とは、本来こうあるべきだ。

既存の魔法を疑い、目的に立ち返る


 彼の声には、学者としての純粋な敬意が込められていた。


「この技術はエルンストさんとタリアと三人で組み上げたものです。彼のこれまでの知識がなければ完成しませんでした」


「そうか」

ハルトヴィッヒは一言だけだが、その一言に喜びがにじみ出ていた。

 これで、技術の信頼性は一気に確かなものになる。皇帝派の貴族が技術面で難癖をつけたとしても、帝国学問の代表格であるハルトヴィッヒが保証すれば、議論は立ち消えるだろう。



---


 続いて、運用面の話に移る。

 ソウマは、実際には虚晶石による自動充填機構を内蔵した冷却装置をすでに完成させていたが――ここで語るのは“表向き”の説明だった。


「魔力の供給は、交代制の充填担当者を配置する形で説明します。……既存のミスリルの魔力増幅装置を拡張しただけの構造に見えるようにします」


「なるほど、余計な詮索は避けられるというわけだな」

 アルノルトが唸るように言った。


「ええ。議会では“既存技術の延長線”に徹します。……裏では虚晶石を使って自動充填し、余剰魔力を別の研究に転用します。表と裏、二重の仕掛けです」


 ウォーレンが思わず笑い、肩をすくめた。 「恐ろしい男だ……。だが、それでいい。むしろ、これくらいの知恵がなければ公爵家とは渡り合えん」



---


 次に、議会での“役割分担”が確認された。


 アルノルトは議論全体の舵取りと政治的なまとめ役。

 ウォーレンは地方領地の供給・財政面での実務を引き受け、ミスリル供給の後ろ盾となる。

 ハルトヴィッヒは学問的権威として技術的な裏付けを与え、場が乱れた時には理論と威光で締める役だ。


「皇帝派は予算の取り分でゴネるだろうな。……いつものことだ」

 アルノルトが苦笑する。

「技術面で難癖をつけたところで、ハルトヴィッヒ殿がいれば沈黙する。あとは予算と民意の話に持っていけばいい」


「くだらぬ利権争いを持ち込む連中には、私が釘を刺そう」

 ハルトヴィッヒが静かに言った。

「頼もしい限りです」

 ウォーレンが笑う。



「公爵殿は……様子を見るだろうな。下手な一手は打たない方だ」

「我々が盤面を制すれば、彼も動かざるを得なくなる。それで十分だ」



---


 すべての確認を終えると、夜も更けていた。

 部屋に残ったソウマは、静かに資料をまとめながら、窓の外を見上げた。

 帝都の空は雲が流れ、月光が淡く石畳を照らしている。


(……いよいよ、明日か)


 胸元のネックレスに触れると、冷たい金属の感触が指先に伝わる。

 エルンストの贈り物と、皆の支え。

 そして、議場の全てをひっくり返す理と戦略が――ここに揃った。


「……やってやるさ」


 静かな決意の言葉が、夜気に溶けた。



—----


会議が白熱している頃、ミラは中庭に出て夜風に当たっていた。

 淡い月光が水盤に映り、さざ波のように揺れている。


「……ここにいたのか」

 声をかけたのはカイだった。いつもと変わらぬ調子で近づいてきて、ミラの隣に座る。二人の距離は昔から自然で、言葉がなくても居心地がいい。


「ちょっと、風に当たりたくて」

「うん。俺も……なんか、落ち着かなくてさ」


 二人は並んで黙ったまま、夜空を見上げた。帝都の星は村とは違い、どこか遠い。

 その沈黙が、妙に心地よかった。


「なんかすごい事になって来たよな。リーナ姉が準男爵だって、まだちょっと信じられない」

「だとするとカイは騎士様だね」

「騎士様かー、もっと頑張らないとな。でもダンカンよりは騎士っぽいだろ?」

「ダンカンさんが聞いたら怒るよ。”なんだと!カイ!勝負だー!”って」


二人で笑い合う。


「……カイって、昔からこうやって隣に来るよね」

 ミラがふと笑う。

「何も言わなくても、そばにいてくれる」


「そりゃ……そうだろ。俺、ミラと一緒に育ったようなもんだから」

 カイは少し照れくさそうに頭をかく。

「ミラが泣けば横にいたし、怒れば一緒に怒ってたし……そういうの、染みついてるんだと思う」


 ミラは小さく笑い、けれど視線を夜空から逸らさなかった。

 カイも同じく、前を向いたまま――けれど、胸の内はいつもと少し違っていた。


(……なんだろうな、この感じ)


 気づけば、隣にいるミラの横顔が、いつもより鮮明に見える。約二年間会わなかった。

 笑った口元も、風に揺れる髪も。再会してからも変わらないと思っていたのに。今は大人になったミラが鬱陶しいくらい良く見えて、見えすぎるせいで胸の奥がざわつく。


「……ミラ」

「ん?」


「いや……なんでもない!」

 慌てて視線を逸らすカイ。

 そんな彼を見て、ミラは不思議そうに首を傾げた。


 ――ほんのわずかだが、二人の距離感に、静かな変化が芽生え始めていた。



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