第101話「戦略の夜明け」
翌日――。
中庭に面した広間に、仲間たちが集まっていた。議会まで残された数日、冷蔵庫計画と政治戦略の最終詰めを始めるためだ。
そこへ、扉が音もなく開いた。
「――おはよう」
いつもの調子で入ってきたソウマ。
だが、その姿を見た瞬間――場の空気が一変した。
「……え? ソウマ……? だよね……?」
最初に声を漏らしたのはコハルだった。眉をひそめ、じっと彼を見つめる。
「ソウマ! ちょっと待って、それ何!? どういうこと!?」
タリアが椅子を蹴って立ち上がる。
「先生……! すげー……奇跡だ!」
カイが勢いよく駆け寄り、目を輝かせた。
「マジか……どうなってやがる……最高じゃねえか……夢か……?」
ザイルが呟き、ダンカンが豪快にザイルの背中を叩く。
「覚めねえ! 夢じゃねえ! なあザイ!」「じ、自分を殴れよ!!」
「ふふ……エルンスト様の贈り物なんだから当然です!」
一人夢の中にいるサラには、全員がジト目でみる。
笑いと歓声が渦巻く。
装飾品を身につけたソウマの身体には、確かに魔力の流れが――誰の目にも見えるように、はっきりと存在していた。
「……どうやら、誰が見ても大丈夫そうだな」
リーナが小さく息をつき、確かな手応えを掴んだように微笑む。
「よし。これで――戦略が立てられる」
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その後、アルノルト邸の会議室に、ウォーレン子爵とハルトヴィッヒ伯爵が招かれた。
扉が開かれ、魔力の流れるソウマが姿を現した瞬間――三人の貴族は一斉に目を見開く。だが驚きを表には出さない。さすが老練な貴族たちだった。
「……ソウマ殿、これは……」
ウォーレン子爵が言葉を探すように声を絞り出す。
「どんな魔法を……いや、そもそも魔法は……しかし魔力が……」
ソウマは一歩前に出て、ハルトヴィッヒ伯爵に深々と頭を下げた。
「――エルンストさんからの贈り物です。これを身につけると、魔力が流れているように“見える”んです。偽装用の装飾品です」
「……そうか」
ハルトヴィッヒ伯爵は静かに頷き、口元にわずかな笑みを浮かべる。
「全く……我が息子ながら、これ以上ないほどのタイミングだ」
「ソウマ殿、少し動いてみてくれ」
アルノルトの指示でソウマが数歩歩き、軽く手を振る。
その動作に伴って流れる魔力の“線”は自然そのもので、偽装とは思えなかった。
「……完璧だ」
ウォーレンが目を細め、深く息を吐く。
「とても偽装とは思えん……さすがは“天才”エルンスト殿だ……!」
アルノルトの目も輝きを帯びていた。
「……なるほど。
魔力が“あるかどうか”ではなく、
“そう見えるかどうか”が重要だったわけか」
「これはいい……! ヴァルシュタイン公は“技術者が異郷人である”ことを前提に戦略を立てている。まさかこんな一手があるとはな……。ふふ、公が驚く顔が拝めるかもしれん!」
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その後は冷蔵庫計画の技術的な詰めに移った。
ソウマは、これまで厳重に秘匿してきた“虚晶石”の本質を、三人の貴族に初めて公開する。
「……な、なんと……!」
「禍石に……このような特性が……!」
「……ヴァルシュタイン公がここまで君にこだわる理由が、ようやく腑に落ちた……」
三人の貴族は、珍しく素の声を漏らした。
冷却技術への応用、虚晶石とミスリルの組み合わせによる大規模冷蔵施設の実現性――議論は熱を帯びる。
技術の核心は伏せつつ、必要ミスリル量はあえて過去の技術の少し発展として上乗せして計上。余剰分を研究開発資源として回す計画も説明した。
「はは……!」
ハルトヴィッヒが楽しそうに笑う。
「君はこの国一番の大貴族すら飲み込んでしまうのだな……! これは一世一代の勝負に、勝てる!」
ウォーレンも力強く頷いた。
「我が領のミスリルと虚晶石は全力で融通しよう。特に虚晶石は秘密にせねばならんからな……これは、帝国の未来を賭けた一手になる」
その言葉に、ソウマはわずかに目を見開いた。
ウォーレン領は公爵寄りに少し前までは傾いていた。だが、目の前の男はもう迷っていなかった。
ハルトヴィッヒ伯爵はエルンストの父親であり、最も公平性を持つ貴族に見えた。
(……この人たちは、裏切らない)
ソウマは胸の内で確信する。
権力のためではなく、領民と帝国のために目を向けている――それが、はっきりと伝わってきた。リーナに目配せをして最後の意思を確認する。リーナも頷いた。
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議論の最後に、ソウマは通信機を三人の前に並べた。
「これを……お渡しします」
ソウマは一つ一つ、丁寧に手渡していく。
「私たちが作った通信機です。離れた領地に戻っても、これで密に連絡が取れます。緊急時はいつでも呼びかけてください」
アルノルトが重々しく頷いた。
「……もうこれ以上は驚かんと思ったが。これはまたとんでもない隠し球だ。公爵領に近いウォーレン殿は公爵家の動きは掴みやすい。帝都にはハルトヴィッヒ殿がいる。帝国を南北ラインでほぼ全て監視できる!」
「恐ろしく便利な代物だな。帝都から我が領地には急いでも2週間はかかるのだぞ。しかも。これがあれば、間に一人挟む必要もない」
ウォーレンも感嘆の声を漏らし、ハルトヴィッヒは無言で通信機を手の中で転がしながら、目を細めた。
「戦争のあり方まで変える技術だ。それぞれ、使い方と秘匿に注意しよう。ソウマ殿はどのような運用をされているのだ?」
「1日1回、日の出の時間に定時連絡。あとは緊急時の連絡です」
「我々もそれに倣ったほうが良さそうだな」
三人の貴族はそれぞれで運用方法をどうするか意見交換を始める。
――味方は整った。連携の線も繋がった。
あとは、議会の場で“結果”を出すだけだ。
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皆が去った後、会議室に残ったソウマは、窓際に立って帝都の街並みを見下ろした。
夜の帳が下りつつある。石造りの街に灯る明かりは、どこか戦の前夜のような静けさを孕んでいた。
(……いよいよ、俺が前に出る時か)
胸元のネックレスを無意識に指先でなぞる。
エルンストの贈り物が、ひんやりとした感触で皮膚に触れた。
「……やるしかないな」
小さく呟いた声は、誰にも届かない。
だが、その瞳にはもう迷いはなかった。
――ヴァルシュタインを、真正面から出し抜くために。




