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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第七章【契りと誓いの帝都】
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第100話「贈り物」

翌朝。帝都の空は薄い雲がかかり、やわらかな光が別邸の中庭を包んでいた。

 穏やかな空気――だが、屋敷の玄関ホールは、いつになくざわめいていた。


「……おい、サラじゃないか?」

「なんだあの格好……」


 視線の先に立っていたのは、桃色のワンピースに繊細なレースを重ねたサラだった。髪は丁寧に巻かれ、艶やかな金色が光を受けてきらめく。


いつも目を引くほどの美人だが、今日はまるで社交界の令嬢のようだ。


 廊下を通る使用人が足を止め、仲間たちが目を丸くしている。


「おいおい……サラはどうしたんだ?」


 特にザイルは、喉の奥から妙な声を漏らしながら凝視していた。いつも軽口を叩く余裕もなく、ただ見惚れるように。


「行きましょ、ミラ!」


 サラは少し照れくさそうに頬を染めながらも、弾んだ声でミラの手を引く。


「ちょ、ちょっと待って、サラさん……! そんなに急いで……!」


 ミラは引っ張られながらも、サラの瞳の奥に、どこか少女のような輝きを見た。


 そこへタリアが顔を出す。

「……何、この空気。朝からやけに賑やかね」


 ミラは小さく笑って、昨日の出来事を説明した。

偶然エルンストとクラウスに再会したこと。今日、彼からソウマへの贈り物を受け取りに行く約束をしていること――。


 タリアは話を聞くと、すぐに目を細めて納得の表情を浮かべる。


「……なるほどね。そういうこと」


 一方、そのやり取りを横で聞いていたザイルが、タリアに詰め寄った。


「なあ……そのエルンストって何者なんだよ! 昨日からやけに重要人物っぽいじゃねえか!」


「帝国有数の名門貴族の四男。長身、美形、性格も良くて上から物を言わない。女の扱いもうまい。社交的。幼少から天才。魔法学校を首席で卒業。ソウマと互角に理論を戦わせた数少ない人物」


 タリアがさらりと説明した瞬間、ザイルの顔が引きつった。


「……なんだ、その化け物は……卑怯だぞ!」


「さっさと声かけなかったお前が悪いな、ザイ」

 ダンカンが肩を叩きながら、しみじみとした声で言う。


「残念だったな……」


「う、うるせぇ!!」


 そんなやり取りを背に、サラとミラは昨日のカフェへと向かった。



---


 貴族街の昼下がりは、昨日と同じく穏やかな陽光に包まれていた。


 白い石畳が輝き、並木の間を吹き抜ける風が心地よい。街路を行き交う人々の衣装も華やかで、どこか現実離れした雰囲気が漂っている。


 やがて二人は、昨日と同じ高級カフェの門前に立った。白い大理石の門構え、衛兵と給仕が控え、奥には噴水がきらめいている。


 普段なら少し気後れしそうな場所だが――今日のサラは堂々としていた。


 テラス席では、すでにエルンストとクラウスが待っていた。


 エルンストは二人に気づくと、立ち上がって優雅に一礼し、サラを見るなり目を細めた。


「……これは驚いた。まるで貴族令嬢だ。いや、それ以上ですね。今日の装い、とてもよくお似合いですよ、サラさん」


「え、えぇぇ!? あ、ありがとうございますっ……!」

 サラは顔を真っ赤にして背筋を伸ばした。


 クラウスが少し呆れ顔で横目を見るが、エルンストは全く気にしていない。


「ミラさん。来てくれて嬉しい」


 エルンストは穏やかな声で言い、懐から小さな袋を取り出した。


「これを、ソウマに。――結婚祝いです」


 ミラが受け取ると、さらに一通の封書が差し出された。


「それと、手紙も書いた。できれば直接渡したかったが仕方ない…」


 ミラはそこで自分の通信機を渡し、操作方法を説明した。


 エルンストはほんの数秒見ただけで理解し、軽やかに操作を終える。


「……なるほど、便利だな。原理的に同時通信もできるな、興味深い仕組みだ」


 その姿を見て、サラが感嘆の声を漏らす。

 エルンストは冗談めかして微笑んだ。


「魔法陣は専門ですから。今度研究所を案内しましょうか?」


「ひゃ……」

 サラは俯き、顔をさらに赤く染めた。


「サラさん、ソウマさんのところに着いたらサラさんに連絡します。その間だけ通信機をエルンスト様に貸してあげてください!」



---


 その後、ミラはエルンストとサラに別れを告げ、贈り物の袋を手に邸宅へと戻った。



「ソウマさん!」

 ミラは少し息を弾ませながら駆け寄り、小袋を差し出した。


「これ、エルンスト様からの贈り物です!」


「……エルから!? 会ったのか!?」


 ミラは昨日の再会と、直接会えない事情を簡潔に説明し、サラに連絡する。


「サラさん。今着きました。お願いできますか?」




 次の瞬間――

『ソウマ、聞こえるか? 久しぶりだな』

 懐かしい声が通信機越しに響いた。


「……エル。元気そうだな……よかった……」


少し声が震えるソウマ。懐かしい楽しかった思い出が蘇ってくる。


『ああ。お前は相変わらず派手に動いているようじゃないか。楽しそうだ』


「そのつもりはないんだけどな……なぜかこうなるらしい」


 久しぶりの会話に、部屋の空気が柔らかくなる。

 そしてエルンストが、さらりと言った。


『そうだ、結婚するらしいな。おめでとう。リーナにも直接伝えないとな。――同時接続するぞ。しかし、本当に面白い魔道具だ』


 しばらくして、リーナにも繋がる。


『リーナ。結婚おめでとう。心から祝福を言わせて貰うよ。ミラから受け取った袋、開けてみてくれないか?』


「ええ、今……」


『ソウマ。お前と違って好きな研究ができなくてな。暇つぶしに装飾品の加工を学んだ。アンクレットとブレスレットとネックレスの三つだ』


 袋の中から取り出されたのは、上質な銀細工のネックレス・ブレスレット・アンクレットの三点。

 どれも繊細な意匠が施されていて、最近学んだというのが信じられないほど美しく仕上がっていた。


「さすがだよエル。何をやってもセンス抜群だ…」


『三つとも同時に身につけてほしい。……そうだな。リーナ、今ソウマに着けてくれないか、きっと気に入るはずだ』


「わ、私が……今?」


 一瞬戸惑うが、リーナは小さく頷き、アンクレットから順に丁寧に装着していく。


 ブレスレットをはめる手は少し震えていた。


 そして最後に、ネックレスを首にかけるために、抱きしめるようにそっと腕を回して留め具を留める。


 カチリ、と留め具の音が響いた瞬間…



 リーナの瞳から涙が溢れる。



『装着できたみたいだね……結婚おめでとう。これは、君たちへの私なりの応援だ。気に入ってくれたかな?』


「……ありがとう…最高の贈り物だ……」


 リーナは言葉を詰まらせ、微笑みながら涙をこぼした。ミラもその光景に思わず目頭を押さえる。


 ――俺だけが何が起きているか分からない。


「……なあ、エル。悪いが俺だけ何が起きてるのか全然わからないんだ…」


 困惑顔で首を傾げると、エルンストは少し楽しそうな声で答えた。


『それを話すのは、私じゃない。――目の前の“大切な人”から聞くといい。細かい原理も、今はいい。お前は、もう十分だ。足りないのは世界の方だからな。


また、いつか君と研究できる日が来ることを夢見てるよ』


 通信が静かに切れる。

 室内には、静かな呼吸音だけが残った。


 リーナはソウマの手を取って、そっと胸元に触れさせる。


「ソウマ……魔力が、流れてる……!」



触れた指先の下で、微かな温もりが脈のように広がった。空気が軽くさざめき、ソウマの肌を淡い鳥肌が走る。


 それは、ただの贈り物ではなかった。


 異郷人という“烙印”を覆す、親友からの一手――未来への布石だった。



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