第100話「贈り物」
翌朝。帝都の空は薄い雲がかかり、やわらかな光が別邸の中庭を包んでいた。
穏やかな空気――だが、屋敷の玄関ホールは、いつになくざわめいていた。
「……おい、サラじゃないか?」
「なんだあの格好……」
視線の先に立っていたのは、桃色のワンピースに繊細なレースを重ねたサラだった。髪は丁寧に巻かれ、艶やかな金色が光を受けてきらめく。
いつも目を引くほどの美人だが、今日はまるで社交界の令嬢のようだ。
廊下を通る使用人が足を止め、仲間たちが目を丸くしている。
「おいおい……サラはどうしたんだ?」
特にザイルは、喉の奥から妙な声を漏らしながら凝視していた。いつも軽口を叩く余裕もなく、ただ見惚れるように。
「行きましょ、ミラ!」
サラは少し照れくさそうに頬を染めながらも、弾んだ声でミラの手を引く。
「ちょ、ちょっと待って、サラさん……! そんなに急いで……!」
ミラは引っ張られながらも、サラの瞳の奥に、どこか少女のような輝きを見た。
そこへタリアが顔を出す。
「……何、この空気。朝からやけに賑やかね」
ミラは小さく笑って、昨日の出来事を説明した。
偶然エルンストとクラウスに再会したこと。今日、彼からソウマへの贈り物を受け取りに行く約束をしていること――。
タリアは話を聞くと、すぐに目を細めて納得の表情を浮かべる。
「……なるほどね。そういうこと」
一方、そのやり取りを横で聞いていたザイルが、タリアに詰め寄った。
「なあ……そのエルンストって何者なんだよ! 昨日からやけに重要人物っぽいじゃねえか!」
「帝国有数の名門貴族の四男。長身、美形、性格も良くて上から物を言わない。女の扱いもうまい。社交的。幼少から天才。魔法学校を首席で卒業。ソウマと互角に理論を戦わせた数少ない人物」
タリアがさらりと説明した瞬間、ザイルの顔が引きつった。
「……なんだ、その化け物は……卑怯だぞ!」
「さっさと声かけなかったお前が悪いな、ザイ」
ダンカンが肩を叩きながら、しみじみとした声で言う。
「残念だったな……」
「う、うるせぇ!!」
そんなやり取りを背に、サラとミラは昨日のカフェへと向かった。
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貴族街の昼下がりは、昨日と同じく穏やかな陽光に包まれていた。
白い石畳が輝き、並木の間を吹き抜ける風が心地よい。街路を行き交う人々の衣装も華やかで、どこか現実離れした雰囲気が漂っている。
やがて二人は、昨日と同じ高級カフェの門前に立った。白い大理石の門構え、衛兵と給仕が控え、奥には噴水がきらめいている。
普段なら少し気後れしそうな場所だが――今日のサラは堂々としていた。
テラス席では、すでにエルンストとクラウスが待っていた。
エルンストは二人に気づくと、立ち上がって優雅に一礼し、サラを見るなり目を細めた。
「……これは驚いた。まるで貴族令嬢だ。いや、それ以上ですね。今日の装い、とてもよくお似合いですよ、サラさん」
「え、えぇぇ!? あ、ありがとうございますっ……!」
サラは顔を真っ赤にして背筋を伸ばした。
クラウスが少し呆れ顔で横目を見るが、エルンストは全く気にしていない。
「ミラさん。来てくれて嬉しい」
エルンストは穏やかな声で言い、懐から小さな袋を取り出した。
「これを、ソウマに。――結婚祝いです」
ミラが受け取ると、さらに一通の封書が差し出された。
「それと、手紙も書いた。できれば直接渡したかったが仕方ない…」
ミラはそこで自分の通信機を渡し、操作方法を説明した。
エルンストはほんの数秒見ただけで理解し、軽やかに操作を終える。
「……なるほど、便利だな。原理的に同時通信もできるな、興味深い仕組みだ」
その姿を見て、サラが感嘆の声を漏らす。
エルンストは冗談めかして微笑んだ。
「魔法陣は専門ですから。今度研究所を案内しましょうか?」
「ひゃ……」
サラは俯き、顔をさらに赤く染めた。
「サラさん、ソウマさんのところに着いたらサラさんに連絡します。その間だけ通信機をエルンスト様に貸してあげてください!」
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その後、ミラはエルンストとサラに別れを告げ、贈り物の袋を手に邸宅へと戻った。
「ソウマさん!」
ミラは少し息を弾ませながら駆け寄り、小袋を差し出した。
「これ、エルンスト様からの贈り物です!」
「……エルから!? 会ったのか!?」
ミラは昨日の再会と、直接会えない事情を簡潔に説明し、サラに連絡する。
「サラさん。今着きました。お願いできますか?」
次の瞬間――
『ソウマ、聞こえるか? 久しぶりだな』
懐かしい声が通信機越しに響いた。
「……エル。元気そうだな……よかった……」
少し声が震えるソウマ。懐かしい楽しかった思い出が蘇ってくる。
『ああ。お前は相変わらず派手に動いているようじゃないか。楽しそうだ』
「そのつもりはないんだけどな……なぜかこうなるらしい」
久しぶりの会話に、部屋の空気が柔らかくなる。
そしてエルンストが、さらりと言った。
『そうだ、結婚するらしいな。おめでとう。リーナにも直接伝えないとな。――同時接続するぞ。しかし、本当に面白い魔道具だ』
しばらくして、リーナにも繋がる。
『リーナ。結婚おめでとう。心から祝福を言わせて貰うよ。ミラから受け取った袋、開けてみてくれないか?』
「ええ、今……」
『ソウマ。お前と違って好きな研究ができなくてな。暇つぶしに装飾品の加工を学んだ。アンクレットとブレスレットとネックレスの三つだ』
袋の中から取り出されたのは、上質な銀細工のネックレス・ブレスレット・アンクレットの三点。
どれも繊細な意匠が施されていて、最近学んだというのが信じられないほど美しく仕上がっていた。
「さすがだよエル。何をやってもセンス抜群だ…」
『三つとも同時に身につけてほしい。……そうだな。リーナ、今ソウマに着けてくれないか、きっと気に入るはずだ』
「わ、私が……今?」
一瞬戸惑うが、リーナは小さく頷き、アンクレットから順に丁寧に装着していく。
ブレスレットをはめる手は少し震えていた。
そして最後に、ネックレスを首にかけるために、抱きしめるようにそっと腕を回して留め具を留める。
カチリ、と留め具の音が響いた瞬間…
リーナの瞳から涙が溢れる。
『装着できたみたいだね……結婚おめでとう。これは、君たちへの私なりの応援だ。気に入ってくれたかな?』
「……ありがとう…最高の贈り物だ……」
リーナは言葉を詰まらせ、微笑みながら涙をこぼした。ミラもその光景に思わず目頭を押さえる。
――俺だけが何が起きているか分からない。
「……なあ、エル。悪いが俺だけ何が起きてるのか全然わからないんだ…」
困惑顔で首を傾げると、エルンストは少し楽しそうな声で答えた。
『それを話すのは、私じゃない。――目の前の“大切な人”から聞くといい。細かい原理も、今はいい。お前は、もう十分だ。足りないのは世界の方だからな。
また、いつか君と研究できる日が来ることを夢見てるよ』
通信が静かに切れる。
室内には、静かな呼吸音だけが残った。
リーナはソウマの手を取って、そっと胸元に触れさせる。
「ソウマ……魔力が、流れてる……!」
触れた指先の下で、微かな温もりが脈のように広がった。空気が軽くさざめき、ソウマの肌を淡い鳥肌が走る。
それは、ただの贈り物ではなかった。
異郷人という“烙印”を覆す、親友からの一手――未来への布石だった。




