第98話「妙案」
アルノルト邸の応接間には、重い沈黙が満ちていた。議会から戻ったアルノルトが、リーナたちを前に腰を下ろす。
様々なアイデアが必要との事で、商隊の主のメンバー、そしてウォーレンとハルトヴィッヒも同席している。夜の帝都は不穏なざわめきに包まれているが、それ以上に、この場の空気は張り詰めていた。
「……ヴァルシュタイン公は、技術者を公の場に引きずり出すつもりだ」
アルノルトが低い声で切り出す。
議会での一連のやり取り――あの老獪な笑みと提案の真意を、誰もが理解していた。
貴族たちの興味と敵意が一斉に集中する。技術を奪うか、潰すか。どちらに転ぶとしても、危険な場になるのは明白だった。
「そんなこと……絶対にダメです!」
リーナが即座に声を上げた。
「ソウマをそんな場所に立たせるわけにはいきません!」
その強い言葉に、アルノルトもうなずく。
「同感だ。彼を矢面に立たせるのは、あまりに危険すぎる。だが――代わりの“技術者”が必要になる」
視線が、自然とタリアへと集まった。
「……えっ、ちょっと、待ってよ」
タリアは両手をぶんぶんと振った。
「いや、いや!私は絶対に無理!! お貴族様の会話なんてできない! ボロが出ちまうよ、勘弁してくれ!」
アルノルトはタリアの様子を見て、静かにリーナへと視線を送る。
リーナも苦笑して小さく頷いた。
「頭はいいんですが……そういう場の腹芸は、タリアには無理です」
「だろ!!」とタリアが安堵の声を上げた。
「そりゃ、私だってソウマを守ってやりたいけどさ……逆に変な事になっちまいそうだし、すまん」
—
「私が出席します」
次にリーナ自身が出ると申し出た。
だが、すぐに否定される。
「君なら確かに貴族とも渡りあえる。だが、おそらく公爵側も技術者を用意するだろう。詳細な話をぶつけられたとき、太刀打ちでない」
アルノルトの言葉に、リーナも悔しそうに唇を噛んだ。
場が再び重苦しく沈む。
アルノルトは一呼吸置き、全員を見渡した。そして、ためらいなく口を開いた。
「――ソウマ殿。リーナ殿と結婚しなさい」
「……えっ」
「なっ……!?」
部屋の空気が一瞬、爆発した。リーナは思わず立ち上がる。
「アルノルト様、な、なぜそのようなことを急に!!」
「リーナ殿の準男爵位は、議会で事実上決まった」
アルノルトは淡々と続ける。
「完全な防壁ではないが、“異郷人”単独よりも、準男爵位を持つ者の配偶者のほうがよほど扱いが違う。……少なくとも、あの場で貴族たちに好き勝手はさせない“盾”にはなる」
ルッツが「なるほど……!」と小声で感心し、ウォーレンとハルトヴィッヒも深く頷いた。
「確かに、理にかなっている」
「政治的な効果は大きいでしょうな」
場の空気は一転、祝福めいたざわめきに包まれた。
だが――当の二人とミラだけは、明らかに複雑な表情だった。
「なんだ?私はこう見えても長年、貴族として多くの人間を見てきた」
アルノルトはゆったりと椅子にもたれ、
微笑を浮かべた。
「人を見る目には自信がある。……君たちはもう、そういう関係なのだろう? だからこその提案だ。何を迷うことがある」
「っ……!」
ソウマとリーナは目を合わせ、同時に視線を逸らした。
リーナの頬はわずかに赤く染まり、俺は少し気まずくなり頭を掻いた。
「……少し、時間をください。急に結婚となると……色々と、考えたいことが……」
「いいじゃねえか!別にその話がなくても結婚しちゃえよ!」
タリアが乗っかって祝福ムードになる。
ダンカンも同じ意見だ。
「しみったれた話ばかりで疲れてたとこだ!最高じゃねえか!」
「リーナ、おめでとう!」
コハルはもう祝辞だ。
「だから、まだ少し考えるって言ってるだろ!」
リーナは普段見せないほど動揺を隠せない。
それを見てザイルがここぞとばかりに攻める。
「めでたいな!これはお二人さんの子どもを拝むのもそう遠くなさそうだ!」
それを聞いたリーナが顔を真っ赤にしてザイルの頭を思いっきり叩く。
「ザイ!調子に乗りすぎだ!!殴るぞ!」
「もう殴ってるじゃねえか!痛ってえな!良かったじゃねえか、こんな暴力女でも相手が見つかったんだからよ!!」
「もう!貴族の方がいらっしゃるのに!やめなさい、あんたたち!」
とサラもザイルの頭を叩く。
「何で俺ばっか……」
広間はひとときの祝福と笑顔に包まれた。
「とにかくだ」
アルノルトはうなずき、再び真剣な表情に戻った。
「これはあくまで一つの策だ。完全ではない。もっと良い対策があれば、それに越したことはない」
重苦しい空気は残ったままだが――それは、戦略を立てる者たちの沈黙だった。
一週間後、ヴァルシュタインとの“対面”を前に、彼らは重大な選択を迫られていた。
一週間後、答えは否応なく示される。




