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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第七章【契りと誓いの帝都】
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第96話「交錯する思惑」

 夜の帝都は、昼間とは違う種類のざわめきに包まれていた。


別邸の周囲には重装備の衛兵が巡回し、門前の通りにも松明の明かりが絶えない。暴動の影響が夜にも及んでいる証拠だった。


 アルノルト伯爵は議会を終えて別邸へ戻ると、執事から一報を受けた。


「リーナ殿のフォルス商会の一行が帝都に到着し、滞在しております」  


その報告に、彼は眉をわずかに上げる。


「……そうか。ずいぶん早い再会だな」


 その足で、応接間へと向かう。


 重厚な扉を押し開けると、リーナとソウマ、ルッツがすでに揃っていた。ウォーレン子爵とハルトヴィッヒ伯爵も席に着いている。


「驚いたぞ。まさか君たちが帝都に来ているとはな」  


アルノルトの視線がリーナを捉える。リーナはいつものように堂々と席を立ち、深く一礼した。


「伯爵様。帝都が混乱していると聞き、いても立ってもいられませんでした。……お話ししたいことがございます」



---


 まずは現状の共有から始まった。  


アルノルトは議会での派閥争いと何も決まらなかった現状を簡潔に伝えた。皇帝派と公爵派は互いに非難するばかりで、治安対策は棚上げされたままだという。


 リーナたちは道中で見た惨状――領主殺害現場、荒れ果てた街道、警備の薄い領地――を報告した。


 ルッツはさらに街中で聞いた民衆の不満を補足する。


「不満の矛先は“皇帝派”に向けられてはいますが……民は結局、食えないことに怒っているだけです」と冷静に述べると、アルノルトは静かに頷いた。



「……なるほどな。状況は予想以上に逼迫しているようだ」



---


 やがて、話題は本題――冷蔵庫の計画へと移っていった。


 リーナが一歩前に出る。


「アルノルト様。私たちがここへ来たのは、ただ混乱を見に来たからではありません。ある新しい装置を帝都で実用化し、民の信頼を取り戻すためです。これは商売以上の意味を持ちます」


 アルノルトの表情が少しだけ険しくなる。


「小型ではありますが実物をお見せします」


俺が冷蔵庫を取り出し冷えていない水の瓶を冷蔵庫に入れた。



しばらくすると、庫内からうっすらと冷気が漏れ、瓶の表面に白い霜が張り付き始めた。


取り出した瓶を手に取ると、ひやりとした感触が掌に伝わる。


透明な水面には、うっすらと氷の膜が浮かんでいた。




「なんと……!この短時間でここまで冷えるのか!」


アルノルトが目を見開く。


「ソウマ殿、リーナ殿から噂には聞いていたが……君は本当に優秀なのだな」


「私も君の話は聞いておるよ、ソウマ殿。エルンストは君のことをとても素晴らしい人物だと話していた…」


ハルトヴィッヒ伯爵の声には、父としての柔らかな色が滲んでいた。


「エルは…!エルンスト様は無事でしょうか…」


「心配ない。今は元気で帝都で暮らしている。公爵の目もあるから会うことは叶わんだろうが――」


そこで伯爵はふと微笑を浮かべる。


「“エル”か。……あの子がそんなふうに誰かを“友”として語り合うのは、大人になってからは初めてだろう。幼い頃から、対等な相手がいないことを寂しがっていてな……」


ゆっくりと頭を下げる。


「一人の父としても、君に礼を言おう」



「話しの腰を折ってしまったな、この冷えた水だ。――これは革命のレベルだ」


「……帝都で、これを?」


アルノルトは慎重に言葉をつなげる。


「はい。もはや一地方の商会で扱える規模ではありません。国家規模の事業にすべきです」


リーナはまっすぐにアルノルトを見据えた。


 沈黙が流れた――だが、その沈黙を破ったのはウォーレン子爵だった。


「過去の飢饉のとき、公爵は意図的に流通を止め、民を飢えさせたかもしれない。……同じ過ちを、二度と繰り返すわけにはいかない」


 その言葉に、アルノルトはわずかに目を細めた。ウォーレンの領地には最近ミスリルが見つかり、計画の要所とされている。


すでに彼が計画に賛同していることは、リーナたちの強い後ろ盾でもあった。


 俺は前に出て、技術面を補足する。


「今までよりも巨大な規模での冷蔵庫を想定しています。魔力効率を極限まで高め、帝都規模の食料備蓄を可能にする。……魔力やミスリルの供給さえ確保できれば、実現可能です」



---


 アルノルトは腕を組み、長い沈黙に沈んだ。


「……確かに、民の信頼を取り戻すには“先に動いた者”が主導権を握る。だが、今の帝都は火薬庫だ。公爵派も皇帝派も、どちらに付いたとしても一気に飲み込まれかねん」


 その言葉に、リーナは一歩も引かない。


「だからこそ、今なのです。派閥争いに翻弄される前に、民の心をつかむべきです。食料は、民にとって生死を分けるもの。……“誰が守ったか”は、必ず後に残ります」


 その言葉に、ハルトヴィッヒ伯爵が小さく笑みを漏らした。


「理にかなっていますな。……あの王子が成人した時、誰が“帝都を守った”と語られるか。教育係としては、耳にする話題も選びたいところです」


 場の空気がわずかに変わった。  


ウォーレンは頷き、椅子の肘掛けに拳を置いた。 「ミスリルの供給は、私が責任を持ちます。……この道が、民を守る道であるならば」



---


 アルノルトは立ち上がり、窓の外――夜の帝都を見下ろした。  


街のあちこちで炎のように揺れる松明の列。騒ぎはまだ完全には収まっていない。


「……いいだろう。明日の議会で予算を取り付けるように動く。異論は?」


ウォーレンもハルトヴィッヒもゆっくり深く頷いた。


 リーナとソウマが深く一礼する。


ひとしきり冷蔵庫の実演と議論が終わったあと、アルノルトはふと表情を引き締め、リーナへと視線を向けた。


「……リーナ殿。君には、準男爵位を与える方向で動こうと思う」


「――え?」


 唐突な提案に、リーナの瞳が大きく見開かれた。


「ここまで来ると、君自身がただの商人でいることは危険だ。帝都は今、派閥と欲望が渦巻く戦場だ。……直接的な害が及ばないよう、最低限の“盾”は必要になる」


 アルノルトの声は穏やかだが、その奥にある政治的な計算は明白だった。



 貴族の称号は、同時に政治への“参入”を意味する。


「……そんな、大それたこと……」


 リーナは一瞬だけ戸惑いの色を浮かべた。

 だが、すぐに瞳を上げ、真っ直ぐにアルノルトを見返す。


「……必要とあれば、受けます」


 その返答に、アルノルトは満足げに口元をわずかに上げた。


「ただし、称号は盾であると同時に鎖でもある。覚悟はいるぞ」




「それに私だけ矢面に立つのは不公平だろう?」


 まるで長年の貴族同士のやり取りのような、余裕のある微笑だった。


 リーナもわずかに唇を吊り上げて返す。


「……なるほど。そういうことですか。上等です」




 それは、単なる商談ではなかった。


 帝国の未来を左右する、新たな力が――静かに、確かに動き始めた瞬間だった。


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