表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第七章【契りと誓いの帝都】
101/125

第95話「割れる議会」

 帝都の朝は鈍い灰色の空に覆われていた。議会のある中央議事堂は、分厚い石壁と重厚な門に守られ、門前には通常よりも多い衛兵が立ち並んでいる。街の混乱を受けて、議会周辺には不穏な空気が満ちていた。


 議事堂内部、長い楕円形の会議卓を囲むように、貴族たちがずらりと並んでいる。

 皇帝派、公爵派、そしてアルノルトを中心とする中立派――三つの勢力が、互いに一歩も引かぬ視線を交わしていた。


 本日の議題は帝都の治安対策――のはずだった。

 しかし開会早々、議場には嫌味と皮肉が交錯し始める。


「……いかに治安が乱れているとはいえ、ここまで兵を出すのもいかがなものか。戦でも始めるおつもりですかな?火に油ではありませんか?」


 穏やかな口調。しかしその一言には、あからさまな皮肉と批難、公爵派の武力への牽制が込められていた。


 公爵派の若い貴族が、にやりと笑みを浮かべて即座に応じる。


「治安を維持できず、民に恨まれていた状況のことを“平時”と呼ぶのであれば……それは随分と平和な領地にお住まいのようで」



「我々は陛下の忠実なる臣下。民は皆、陛下の威光を仰いでおる」


 老侯爵は顔色ひとつ変えずに返す。


「もっとも、一部の貴族が兵を勝手に動かしていれば、民も混乱するというもの。……お分かりいただけますかな」


「兵を“勝手に”とは聞き捨てならんな」


 若い貴族が笑みを崩さぬまま声を低くする。


「有能な指揮官が手を貸しているだけの話だ。……ご高齢には少々、目まぐるしく映るかもしれませんが」


 議場に、冷たい緊張が走る。

 直接的な罵声はない。だが、互いの言葉は鋭い刃のように磨かれていた。



---


 別の席では、別の貴族同士がやんわりと毒を吐き合っていた。


「それにしても……暴徒の襲撃が“偶然にも”皇帝派の屋敷に集中しているのは、実に興味深いことですな」


「ええ、まったく。民がどこに不満を抱いているのか――これほど明確な指標もそうはありますまい」


 表情は微笑のまま。だが、その裏には鋭い敵意が隠されている。


 議場全体が派閥争いの場と化し、誰も本題を進めようとはしなかった。



---


 やがて、皇帝派の一人がゆっくりと立ち上がり、アルノルトへと視線を向けた。


「……アルノルト伯。貴殿の領は帝都の物流と食糧供給の要。我らとしても、陛下の御心をお汲みいただければ、心強い限りなのですがな」


 柔らかな言い回しの奥に、明確な圧が含まれていた。


 “こちらに付け”――その意図を、議場の誰もが察していた。


 注目が一斉にアルノルトへと集まる。


 彼はゆっくりと姿勢を正し、議場の中央に立ち上がった。


「陛下の御心……それが真に帝国と民を導くものであるならば、我が領も喜んでその力となりましょう」


 柔らかくも力のある声。そこまで言って、一拍置く。


 アルノルトは一人ひとりの顔を見渡しながら、静かに続けた。


「――しかし、今の議論は“誰が悪いか”を責め合うことに終始している。このままでは、民心も治安も取り戻せはしませんな」


 議場の空気が一瞬、凍りついた。


 皇帝派の老侯爵は眉をひそめ、公爵派の何人かが皮肉めいた笑みを浮かべる。


「帝国を支えるのは食と物流、そして現実的な対応だと私は考えています。……机上の論議で国は動きません」


 明確にどちらにも与しない、静かで揺るがない態度。


 その言葉に、皇帝派は苛立ちを隠せず、公爵派は面白がるように目を細めた。


(事態がここまで悪化してもこのザマだ。皇帝派と公爵派が手を取り合うことはない。ならば、第三の力が必要になる)


 アルノルトは議場の空気を測るように、一瞬だけ目を閉じた。



---


 結局、議会は派閥争いに終始し、具体的な治安策は何一つ決まらないまま一時閉会となった。


結論は明日へ持ち越しとなったが、何かが決まるとは到底思えない惨状にアルノルトはため息を一人漏らした。


 重厚な扉を背に、アルノルトは議事堂の石段をゆっくりと降りる。灰色の空を仰ぎ、小さく息を吐いた。


「……始まったな」


 その呟きは、誰にも届かないほど小さな声だった。だが、その目には確かな覚悟が宿っていた。


議会が閉会すると、石造りの廊下にはいくつもの小さな輪が生まれていた。


公爵派、皇帝派、それぞれの貴族たちが自然と集まり、声を潜めながら駆け引きを始める。


帝都の政治は、議場で終わるのではない。むしろ本番はこの“閉会後”からだった。


アルノルトは廊下をゆっくりと歩き、自身に割り当てられた控室へと戻る。


すでに室内には二人の姿が待っていた。

ウォーレン子爵と、ハルトヴィッヒ伯爵――いずれも中立派の重鎮だ。


「……ふたりが揃って顔を見せるとは、珍しいな」

アルノルトが扉を閉め、椅子を勧める。


「議会がこの有様では…」


ウォーレン子爵が苦笑を浮かべた。

飾り気のない服に日焼けした肌――華やかな帝都の貴族たちとは違い、土の匂いがする実務家だ。


「公爵派も皇帝派も……互いの足を引っ張ることしか考えておらん。民のことなど誰も見ていない」


「まったく同感です」

ハルトヴィッヒ伯爵が淡々とした声で続ける。


「このままでは治安対策どころか、派閥争いで議会が機能不全に陥る。陛下もこの状況では何の手も打てないでしょう」


「……“陛下も”か」


アルノルトの目が一瞬だけ鋭く光る。ハルトヴィッヒは肩をすくめた。


ハルトヴィッヒは小さく息を吐き、淡々とした声で続けた。


「……あの方はもはや表舞台に出てこない。皇帝派の連中も、口々に批判し合うだけでまとまる気配もない。――あの幼い王子が成人するまで、この帝国がもつかどうか、そこが問題ですな」


ハルトヴィッヒは指先を軽く組み、少しだけ言葉を選んだ。

「普通なら躊躇する場面で、王子は立ち止まらず、踏み出す理由を探し始めるのです」

見たことがない。分からない。その事実を、危険として退けるのではなく――

可能性として面白がる。

「教育係としては肝を冷やしますが……」

彼は小さく息を吐いた。

「新しいものを生み出すには、ああいう力が要る。そして今の帝国は――まさに、その力を必要とする時代に入っている」

一拍、置いて。

「……あの御方が生まれたのは、偶然ではありますまい」




ウォーレンが感心したように眉を上げた。

「伯爵がそこまで言うとは……相当な器ということですな」



ウォーレンが続ける。

「民は飢えると、真っ先に刃を向ける相手を探す。過去の飢饉のとき、我が領もそうだった。……あの時、手を差し伸べてくれたのはアルノルト殿、あなただけだった」


その言葉に、アルノルトは少しだけ表情を和らげる。


「領民を救うのは当たり前のことだ。あの時は互いに助け合っただけだよ、ウォーレン子爵」


「だが、今回ばかりは……」


ウォーレンは苦々しい顔になる。


「公爵派から“こちらへ来い”という声が届いている。ミスリルが見つかった今、我が領は放っておかれるはずもない。今はなんとか保留しているのだが…」


「皇帝派からは、我が家に“王家の忠臣として力を貸せ”と」


ハルトヴィッヒは皮肉げに微笑む。


「……公爵には、うちの四男――エルンストの件もありますからね。あの男たちの顔を見るだけで胃が痛くなる」


空気が一瞬、重くなる。

アルノルトは二人を見据え、静かに口を開いた。


「……いずれにせよ、皇帝派も公爵派も、この国を導く力にはならん。皇帝派はまとまらず、公爵は国を飲み込むつもりもない。ならば――第三の道を作るしかない」


二人の視線が、鋭くアルノルトに向けられる。


「その“第三の道”とやらに、我々も乗るべきだと?」


ハルトヴィッヒの問いには、試すような響きがあった。


「今すぐとは言わん」

アルノルトは静かに首を振った。


「だが、いずれ選択を迫られる。私の領には食糧がある。ウォーレン子爵の領にも。……この力を、どこにどう使うかは、我々次第だ」


ウォーレンは腕を組み、うなずいた。


「民を守れる道を選ぶ。それが私の条件だ」


「ふむ、少なくとも公爵派につく気はありませんし、皇帝派も同じです」


ハルトヴィッヒがわずかに笑い椅子に背を預ける。


「あの優秀な王子を”この時代に相応しい王”にするのが私の仕事ですな」


三人の間に、表には出ない政治の“胎動”が静かに生まれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ