第94話「帝都の闇」
石造りの城門を抜けた瞬間、空気が変わった。
リオネールの穏やかさとは対照的に、帝都の街並みには混沌が漂っていた。
人で溢れた大通りには、物乞いが地面に座り込む一方で、絹の衣をまとった商人が鼻で笑いながら通り過ぎていく。片方は空の椀を差し出し、もう片方は重そうな財布を揺らして見下す。剥き出しの格差が、街全体の空気を尖らせていた。
屋台は相変わらず並び、香辛料や干し肉の匂いが漂っている。買い物客も絶えずいる。だが同時に、通りのあちこちから怒号や喧嘩の声が聞こえ、割れた陶器の破片が足元に散らばっていた。活気と不穏が同居する光景に、仲間たちは自然と表情を引き締める。
「……ひどいな」
ダンカンが低く呟く。
サラは顔を曇らせ、街を見渡した。
「前に来た時とはまるで違う。生きてはいるけど……誰もが苛立ってる」
その横で、ミラは不安げにカイの袖をつかんだ。
「大丈夫だ、心配すんな」
カイは短く言うが、その目にも緊張が滲んでいた。
「ソウマ」
ダンカンが低く進言する。
「これは想像以上だ。外の様子も気になるだろうがここも馬車の中で隠れているのが良さそうだな」
俺は一瞬だけ逡巡したが、やがて静かに頷いた。
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街道を北に進み、喧騒の中心を離れるほどに景色は変わっていった。
やがて石畳は修復され、建物は整然と並び始める。通りの角ごとに兵が立ち、鋭い目を光らせていた。そこは貴族街――混沌を力で抑え込んだ別世界だった。
鉄柵に囲まれた屋敷群の中に、アルノルト伯爵の帝都別邸はあった。
白壁と赤屋根を備えた堂々とした屋敷は、華美さよりも堅実さを感じさせ、この地の主の気質を映しているかのようだった。
出迎えたのは白髪の執事だった。深々と一礼し、穏やかな声で告げる。
「皆様、ようこそお越しくださいました。しかし、伯爵様は帝都議会に召集されており、只今ご不在でございます」
しかし執事はすぐに続けた。
「外の宿は、今の帝都では安全を保証できません。どうぞこちらにお泊まりください。伯爵様からもそのように仰せつかっております」
厚意に甘えない理由はなかった。
一行は案内され、長旅の疲れを癒す部屋へと通された。
ただ――街の中で見た格差と不穏の空気は、まだ胸の奥に重く沈んでいた。
夜。帝都の街に闇が落ちると、昼間とはまた違う相貌を見せ始めた。
宿場町のような活気は途絶え、代わりに酒場から怒号が漏れ、遠くの路地では物が砕ける音が響いた。かと思えば、甲高い悲鳴がすぐに押し殺される。
窓の外を覗けば、松明を手にした暴徒が一団となり、誰かを殴りつけている姿が街灯に浮かんで見える。すぐ横の通りでは、鎧姿の兵が巡回しているが――その目は鋭くても、群衆に対しては傍観しているだけだった。
秩序はかろうじて形を保っているが、その根幹は暴力に覆われつつあるのだと分かった。
別邸の厚い石壁と鉄の門扉に守られた室内は静かで、ランプの光に包まれている。
だが、その静けさがかえって外の喧噪と不気味に対照をなしていた。
「……ここに泊めてもらえて、よかったな」
ザイルが息を吐く。
「うん。あの通りに放り出されたら……」
ミラが小さく震え、言葉を切った。
カイがその肩に手を置き真剣な顔でうなずいた。
「安心しろ。ここなら安全だ」
リーナは窓を見やりながら低く言った。
「とはいえ、帝都全体がこのざまだ。明日以降の動きは、慎重に決めなきゃならない。下手に動かず、アルノルト様を待つのが懸命だな」
仲間たちは黙って頷き合い、それぞれの部屋へと散っていった。
鉄の扉を閉じる音が、今夜ばかりはいつもより重く響いた。
「その間に冷蔵庫を仕上げる。巨大化のためにも魔力の効率化だな。タリア、俺たちの仕事はここからが本番だぞ…」
「分かってるさ。度肝抜くやつ作ろうぜ」
白髪の執事が機を見計らってこちらにやってくる。
「魔道具の開発であれば、地下室をご利用ください。様々な工具も置いてあります故、何かと便利かと思います」
「ありがたい!すぐやるか?ソウマ!」
「そうだな、すぐに取り掛かろう。すぐに使わせていただいても?」
「もちろんでございます。この者に案内させますので」
近くに控えていたメイドの後に続き、長い夜は
始まった。
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