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尽くされ

あなたと知り合ってから、二週間は経ったかな。


放課後の図書室で会えたあの日から、居残りの時はいつも来てくれている。


静かで、気づけばすぐに終わりが来てしまう楽しい時間。


私……


――私は


「恋、してるのかな?」


呟いた一言は、誰に届くわけでもない。いつも通りの通学路、だけども心は落ち着かなかった。


早くあなたに会いたい、あなたと本を読みたい。


焦がれれば焦がれるほど、歩く速さが上がっていく。


それに、今日は特別な日


――【青い夏】を、読み終える日


◆◇◆◇◆


「やあ、静川さん」


今日も、いつもの日々が始まる。


彼の膝は私の特待席、なんて言う勇気はないけれど。貴方が膝を許すのは私だけ、なんて思ったりして。


妹に見られたら想像以上に重症だとか言われそうだけど……考えるのはやめて、今は読もう


物語の終わり、最終章。愛を知った少年と、少年を愛した少女。


高校の卒業式にて、始めてあった校舎裏でお互いの気持ちを確かめ合う


『私も、好き!今までも、これからも!貴方と一緒に居るのが一番楽しいの!』


読む手が、止まらない、何故かヒロインのセリフが私の心にストンと嵌まる気がして。


『――貴方が私にしてくれたように、貴方のとなりに居たい。尽くしていたい!』


「――ぁ」


言葉にできないなにかが漏れた、上を見れば彼が居るのに、なんで見れないの?


『俺も、同じだ!いつまでも一緒に居たい!貰うだけじゃない、尽くさせるだけじゃない。して貰ったことは自分もする、そんな人は君しか居なかったんだ!』


――物語が、終わる


なのに、私の頭は冷えていく


――貴方がすぐそこに居る


だからいままでがフラッシュバックしていく、昼休み終わりのおんぶや図書室のお手伝い。


「――面白かったぁ!……静川さんはどうだった?」


――嗚呼


私は


「静川さん?」


私は、青空君になにができてるの?して貰ったことを、私は一つでも返せたの?


「……ごめん……なさい」

「へ?」


昼休み終わりのチャイムが鳴る。


「今日は、一人で行くから……少し、一人にしてください」

「……静川、さん?」


この日の彼の顔を、私は忘れることがないだろう。


◆◇◆◇◆


一週間


二週間


……夏休みが、すぐそこに来ている。


あの日から貴方は一日も図書室に来ていない。


「走れ!走れ!スタメン入りたいならへばってる暇はねぇぞ!」


今日も外からバスケ部の人達の声が聞こえてくる、当然貴方も混じっていて――どうしても視線がそちらに行く。


なんで、あんなことを言っちゃったんだろう


「因果応報、だよね」


貴方はなにもしていないのに、むしろいつも私の事を気にかけていてくれたのに。


結局、私は貴方になにもできなかった。


つい最近まで色がかかっていた図書室が、今日は灰色に近くなったように感じる。


貴方が居ない図書室で、私は何をすればいいの?


貴方が居ないと、本を読む手が進まないの。


貴方が居ないと、趣味の小説を書く筆が走らないの。


ねえ、戻りたいよ。


貴方にまた会いたいよ


貴方は暖かいから、暖かい貴方のとなりに居たいから。


「ごめん……なさい……!」


ごめんなさいは、一番簡単で難しい言葉。


誰も居ない図書室では捻り出せるのに、あなたの前じゃ出てこない。


◆◇◆◇◆


今日も始まる、この廊下を渡って扉を開けば教室だ。


体が重くて、遅めに登校してきたからきっと貴方もう居る。


やっぱり体が重いな、今日は帰っても……いいんじゃ――


「最近静川とはどうなん?」


……え?


「え、どうってどういう?」


彼の声が聴こえてくる。そうだ、彼は廊下側の席


都合よくドアが少し開いていていて、声が鮮明に聴こえてくる。


……盗み聞きするのは、許してほしい。


「どうって、お前ら付き合ってんじゃないの?」

「へ?」

え?


「……べ、別に付き合ってないけど?」

「マジ?お前らずっと図書室でイチャイチャしてたじゃん」

「ああ……」


……確かに、気にしてなかったけど図書室には他の人達も居るから。膝に座って一緒に読書なんかしてたら目立つ


「で、どうなのよ?」

「別に?付き合ってないし」


青空君の放った言葉が、私の心の奥深くに突き刺さった。


「そっか、まあいいや」

「あ、もういいのね」

「うん、だってお前と静川じゃ《《釣り合わないじゃん》》?」


……痛いな、私には友達も居ないしかわいくない。だから、確かに青空君と私は不釣り合いなんだ。


生まれてこの方容姿なんて気にしたことがないし当然の事なんだ


「どういう?」


なのに、青空君の声のトーンが少し下がった気がした


「だって静川さん地味じゃん、いつも本読んでるし。はっきり言って陰キャみたいでさ、それに――」

「静川さんは、かわいいよ」


――!


……さっきまで冷え冷えだった心に、覚えのある暖かさが入ってきた。


他でも無い、彼の暖かさが。


「静川さんは、優しいよ。なんも知らないお前にとやかく言われるのは、ちょっと嫌だな」


ちょっとどころではない、聞いたことがない声色で一瞬青空君の声だと分からなかった。


「……な、なんかすまん!俺が間違ってたわ、もう二度とそう言うの言わないからさ!ホント!顔怖いから!」

「……はいはい、にしても遅いな」

「遅いって?」

「静川さん」


ドキッと、心臓が跳ねた。私はさっきからここに居るのに、今すぐ教室に入って彼に話しかけたいのに。


ありがとう。ごめんなさい、って


――なのに、今の顔じゃ入れそうにないよ。


◆◇◆◇◆


また一週間が過ぎた、いつまでも動けない自分に嫌気が差す。


言いたい、早く言いたい。


ごめんなさいを、ありがとうも。


貴方に貰った優しさを、あなたに返したい。


偶然出会った私に尽くしてくれたように、私も貴方に尽くしたい。


でも、怖い


何でか分からないのに、怖いと自分が言っている。


これ以上進むと、なにかが変わると私が言っている。


そんな通学路、前を歩く二人組の会話が聞こえてきた。


「サッカー部なら阿倍先輩としてさ!バスケ部で付き合うならだれよ?私はやっぱ二年の明知先輩だと思うのよ」

「えぇ?ちょっと高嶺の花過ぎないかな?あの人一年からスタメン入りしてるんでしょ?私ならそうだなぁ……隣のクラスの青空君とか良さそうだと思うんだけど」


一瞬、頭が理解しなかった。


理解すれば、何故か心が苦しいから。


「え?青空?普通じゃない?別にスポーツも勉強も不可もなくって感じでさ、顔もフツメンだし」

「違う違う!普通なのがいいんじゃん?やっぱ社会に出てモテるのは《《それなりに》》仕事ができる普通な奴だし」

「ギャハハ!社会って!あんた枯れてるんじゃない!?」


何故か、腹が立った


貴方を侮辱された気がして、今にでもあの二人を問いただしたかった。


青空君が普通?そんなわけ無い。


真面目に先生の言うことを聞いて、いつも部活では誰よりも頑張ってる。


ちゃんと目を見て話すし、いつも相手の事を考えられる人。


あの時、図書室で話しかけられた時から……青空君は、私にとっての特別な……


「――あぁ、好きなんだ」


気づいてしまえば、走る足は止まらない。


きっと貴方は同じ気持ちじゃないと思う。


きっと言葉にしてしまえば淡く断られるだろう。


でも


――でも!この気持ちを自覚したうえで、あなたの隣に誰かが居るのは。


貴方の膝に他の誰かが座るのは。


嫌だ!


「―活――――ジャー―募――ます」

「あの!」


貴方にして貰った事を返すチャンスは、絶対に逃がしたくないの。


◆◇◆◇◆


「静川さん……?」

「今日からうちのマネージャー三号になる」

「――静川撫子です、よろしくお願いします!」


目と鼻の先に、唖然とした貴方が居た


「よろしく撫子ちゃん!私マネージャー一号の有村結香、二号は今休みだからまた今度紹介するね!」


青空君を含んだ部員達が準備運動をしてグラウンドを走り始める中二年の有村さんが、清く出迎えてくれた。


私とは違って、綺麗だな。


「ほらっ、マネージャーの仕事第一!応援しよう!がんばれー!!」

「が、がんばれー」


この応援が、たった一人に向けられた物だと知られたら、怒られるかな。


やがて、ジョギングが終わると各々が休憩し始める。


汗に濡れた青空君を見ると、なんか背徳感に似たなにかがあるような気が……


「じゃ、静川ちゃんこれ誰かにあげなよ」


言ってスポーツドリンクを一本手渡された。


「居るんでしょ?好きな人」

「え、あ……その」

「……私も二号も好きな人が居るからさ、だから静川ちゃんの思惑も分かりきってるんだよぉ」


揶揄ように言った有村さんが、私の背中を押す。


「私も昔先輩にされた伝統みたいなもんだからさ、頑張って~!」


今さら戻るのもなんか違うし、また貴方と距離を詰めるなら。


これが一番いいのかもしれない


「あ、青空君!」

「――は、はい!」


謎にかしこまった表情で、彼の目が私と目を合わせる。


始めてあったあの時からそうだ、貴方の瞳は。暖かい。


貴方の全部が暖かい。


まるで夏のように、私を包み込む


「……これ、どうぞ」

「あ、ありがと」


私の手渡したスポーツドリンクを、彼喉をならして飲む青空君。


まるで永遠にも思えるこの時間が、一生続いてしまえばと思う。


でも、この先に進むなら、私は貴方に言わなきゃ行けないことがある。


「ごめんなさい……!私は、また青空君と一緒に本を読みたい、一緒に居たい!」

「……まさか、それだけのためにマネージャーになったとか?」


私にとってはそれだけじゃないけど、今言う事じゃないんだ。


だから


「これだけのためでも、私にとっては大切だから」


まっすぐ目を見て、言えた。


彼の頬に紅が咲く、それはきっと私も同じ。


貴方は微笑んで、言ったんだ。


「俺こそ、静川さんに言うべきだったと思う。……でも、怖くて言えなかった。だからさ、――嬉しいよ、本当に。俺もまた一緒に、本を読みたかった」


今は、それだけでいい。尽くして尽くして尽くされて。


それだけで、私は満たされる、暖かいなにかが心を満たす。


きっと、貴方の魂には


蒼い青い夏が棲んでいる













「え?なに?静川ちゃん告白した?え……?尊敬するわぁ」


遠くから届く尊敬の視線に、私は気付かなかった


















◆◇◆◇◆


「ただいま、母さん」

「あら、お帰りなさい……なんか嬉しい事でもあった?」


いつものように食器を洗いながら居間から顔を出した母さんは、俺の顔を見て頬を緩めた。


母さんは人の顔を見るだけで大体の事が分かるんだよな、それが息子の顔ともなれば尚更。


「うん……友達と、仲直りしたんだ」

「そう?それは良かったわね」


いつもの家、母さんと二人きりの家。でも、なにかが違った気がした。


「……あとさ、お父さん、来てるから」


……それを聞いた瞬間、俺はどんな顔をしていただろうか。


母さんはそっと、ごめんねと言って食器を洗いを再開した


「……別にいいよ」


せっかく、いい気分だったのに。


最悪の気分だ








来んなよ、クソ親父

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