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300年目の浮気

 __長い人生、パートナー選びは真剣に、慎重に。

 __しかし、人の心は移ろうもの。我々は、そんな心を科学します。

 __過去の思考、行動、すべての成長経験を記録し、膨大なデータの蓄積の結果生まれた感情の計算に特化したAI。

 __このAIを活用することでパートナーの心変わりや一時の迷い、つまり、浮気の可能性を知ることができるのです。


「浮気予測?」

 

 ドラマ配信の合間に入った広告をみたあなたが不思議そうな顔をしている。確かに、何度も生まれ変わっては出会い、悲恋を繰り返している恋人たちが幸せをつかもうとしているファンタジー恋愛ドラマの間に流れるものとしては、いろいろな面で合わない広告だなと思う。

 籍を入れたことにより、こういう時の広告が婚姻や子育てサービス、パートナーとの新生活を整えるものばかりになったがその中の1つだ。この余計なお世話感も相まって、余計気になった。検索エンジンに広告の会社を入力する。サイトにはすぐにつながったが、トップにサービス不具合のお知らせが出ていた。

「不具合があるみたいで300年以上先まで予測される人もいるらしいわね」

「それ、実用化していいやつ?」

「寿命は300年くらいは延ばせるんじゃないかって話があったじゃない?」

「まだ、平均寿命100歳越えてないけど」

 私が茶化すように言うと、あなたは小さく笑う。しばらくして笑顔のまま少しの不安を混ぜた瞳でこちらを見る。

 

 「というか使いたい?」

 その問いに、私は使わないわねと即答する。視線で続きをうながすあなたに私は笑って続けた。

「私はあなたが浮気しないの知ってるし。それよりもケガや病気のほうが心配ね。お肉ばっか食べないでよ」

「それは、信頼いただき光栄です」

 座卓に広げた肉ばかりなくなったおつまみの皿を指さしながら言うと、あなたは大げさに肩をすくめて野菜スティックに手を伸ばした。

 瞳に混ざった不安はもう消えていた。こちらを見つめる瞳には愛しさがあふれている。


 この目をみて、浮気をしんぱいするなんてできるわけないのだけど。

 

 

 ********

 

「いいじゃない。300年目の浮気ぐらい」


 大目に見てよと苦笑いの君が古い歌を口ずさむ。手に持っているのは君の提案で受けたAIの浮気予測の結果だ。300年後に心変わりがあるという記載がある。


「いや、許せないよ」


 強く首を横に振って言い返すと、君はさらに困った顔をして言葉を続けた。


「少なくとも300年は一途って出てるんだよ。十分だと思うけど?」


 君の言葉に深くため息をつく。


「一生愛するって誓いあったの忘れた?」


 そう言うと、今度は君が大きく首を横に振る。


「300年は一生以上よ。あなたあと何年、生きるつもりなの?」


 そう言い切った君の顔が歪んでいく。耐えきれなくなった瞳から、大粒の涙がこぼれて落ちていった。

 

「……泣かないでくれ、ごめん」


 肩に触れる、あまりにも細くなってしまった体に、君と過ごす残り時間を突き付けられた気がした。

 

「私のことなんて忘れて、幸せになって」

「大丈夫、君との思い出があれば僕はこれから先、幸せに生きていけるよ」


 だから、笑顔をいっぱい覚えておきたい。そう続けると、君は黙って涙を拭いて顔を上げ、笑った。

 

「なんであなた、300年後まで心変わりしないのよ」


「それは君もよくわかっているはずだよ」


 そう言って笑う。君は僕の瞳をのぞき込んで、よく知ってるわ、と嬉しそうに言った。


 ********


 君がいなくなった部屋で、ドラマを見ていた。二人でいろんなドラマを見た。ファンタジーを見てるのにAIの広告が入って雰囲気ぶち壊しだねと笑ったり、コメディを見ているときに感動系ミニドラマの広告が入って思わず感動してしまったり、夫婦向けの広告も含めてすべて君との思い出だ。

 でも、いまの広告は婚活サイトや一人旅、そして、治験参加募集のお知らせ、君といたときは見たことがないものばかりだ。


 最近は治験参加募集がとても増えた。

 理論上、寿命を最大300年延ばせるという研究成果がでたことで、研究や実験が進み、いよいよ次は臨床実験らしいのだ。治験者を募集しているがなかなか集まらない。


 広告が終わり、かつて君と見たドラマがまた始まる。生まれ変わりと悲恋を繰り返す恋人たちのファンタジーラブストーリー。

 恋人と死に別れ、生まれ変わっても、また恋に落ちて、また死に別れる。

 

 君と受けた浮気予測を思い出す。死にゆく君に、僕が一生君を想うことを示して、せめてもの安心をと思って受けたが、300年後に心変わりをするという何とも間抜けな結果になってしまった。

 どうやら君は、君がいなくなった後、別のいい人が現れれば幸せになってほしいということを伝えるために受けたかったようだけど。


 僕は死ぬまで君を想い続ける証明ができたし、君は悲しそうな顔をしていたが、それでも瞳に喜びと安堵があった。


 あぁ、君に会いたいよ。


 あんな風に生まれ変わってきてほしい。僕の前に現れてほしい。

 そう想い、うつろな気持ちでドラマを見ている。時折挟まる治験の広告も少しうっとおしく感じる。

 しばらくそうしているうちに、僕は治験の参加を決めていた。


 生まれかわり、300年の寿命。

 300年後の心変わり。


 ただの希望。科学が発達した世界で証明することなどできない、眉唾物のファンタジー概念。そんなことはわかっている。


 けれど、君を想って、300年待つことにしよう。


 300年後の心変わり、生まれかわった君と出会うために。

閲覧ありがとうございました!

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