雪人との別れ
両腕、肩、脚など数か所に小さいが切り傷を負っている。僕は悟った。明らかに向うの方が技量が上だ。
「グラードの力で勝てたんだろう? そうでなければ、お前に負けるはずがない」
僕は剣を持つ手を降ろした。そうだ。僕の力では、あの時も今も、こいつに勝てない。アルデバランが僕の様子を見て、にぃと口の端を吊り上げた。両腕を一緒に、右肩の上へ振りかぶる。二本の鉈が、同時に降りかかってきた。
これを待っていた。複数の攻撃線が一つになる瞬間。その瞬間しか、この男に反撃する隙はない。僕は降ろした剣を上げ、相手が斬りかかる瞬間に抜き胴を放った。
「なに……」
アルデバランの二本の鉈が空を切り、左胴が削除される。
「く――甘く見過ぎたか…」
アルデバランが口惜しそうに唇を歪める。しばしの間、僕とアルデバランは見合っていた。
超高速の時間が切れ、再び時が動き出す。雪人を抑えていた二人の首が飛び、雪人の身体が床へと崩れ落ちる。
「な――これは?」
「隊長! 我々は既に、やられています!」
二人の首なし隊員が、悲鳴を上げた。アルデバランが苦笑する。
「なに、目的は果たした。撤収するぞ」
そう言うと、アルデバランの姿が消えた。続いて二人の隊員の姿も消える。リアルを映すモニターでは、押し入った連中の撤収が見えた。
「雪人!」
僕は雪人の傍に駆け寄ると、そのウィンドウから緊急コールを発信した。そして雪人の上半身を抱え上げる。
「しっかりしてくれ、雪人」
「明か…。どうやら、おれは駄目らしい」
「何を言ってるんだ! すぐに救急が来る」
「いや…間に合わない……。悪かったな…巻きこんじまって…」
僕の膝の上で、雪人が力なく笑った。
何か、何かできる事はないのか? リアルの雪人は外国の何処かの一室だ。僕になす術はない。判っている、けど何かできないのか?
「雪人……」
どうしてなんだ。どうして目の前にいるのに、何もできない? 僕はうなだれた。
「気にすんなよ……こいつもおれの選んだ道さ…。メモリーの事、頼んだぜ……」
「判った…判ったよ、雪人……」
雪人が震える手を上げてきた。僕はその手を握る。雪人が笑いながら、僕に訊いてきた。
「おれの気持ち…気づいてたか?」
「……うん」
僕の答えを聞いて、雪人は微笑んだ。
「…キスしてくれないか」
僕は黙って、雪人の上に顔を寄せた。その唇にくちづけながら、涙が零れた。
不意に、重ねた唇の感触がなくなる。雪人が身を離した、のではない。その場から消えたのだ。
判っていた。これは真田真希さんと同じ現象だ。つまり生体反応が消失して、フロート・ピットがログアウトしたと認証したのだ。
「雪人……」
僕は声をあげて泣いた。