ディグたちの決断
宙に浮かぶその姿は、白いドレスのアンジェラだった。アンジェラが僕に向かって掌を出す。瞬間、僕を拘束していた黒のベルトが焼失した。
「クロノス・ブレイク!」
手にしたクロノス・ブレイカーを発動させる。僕の動きに気付いた黒のアンジェラが、またも黒のベルトを発射して来た。
「だから…お前の速さは私には及ばない!」
「光の加護を」
白のアンジェラが全身から光を放ち、その光が僕を包む。僕の身体が輝きに包まれ、僕の超高速がさらに速度を上げた。
「ブレイク・スルー」
向かってくる幾つもの黒のベルトを切り刻み突進する。僕は剣を赤い宝珠に突き立てた。
「な――止めろぉっ!」
「砕け散れ、デウス・ライザー!」
スパークする障壁を貫き、クロノス・ブレイカーの先端が赤い宝珠に当たる。その先端がギリ、ギリと押し込まれた。
パン、と弾けるように赤い宝珠が砕け散る。その瞬間、もう半分飲み込まれていたサリアが、黒のアンジェラから分離した。
僕は倒れ込むサリアの身体を抱き止める。デウス・ライザーを破壊された黒のアンジェラは、時間が止まったように動かなくなった。
超加速された時間の中で、僕は白のアンジェラを振り返った。
「ありがとうございます、アンジェラ。貴女は最初から…ディグたちを守ろうとしていたのですね?」
「そうです。私は、ジェイコブが過ちを犯すのを止めようとした…」
アンジェラは寂しそうな顔を見せた。
「貴女は…アンディ・グレイなのですか?」
「いいえ。私はレナルテの管理AI、アンジェラ。しかしアンディが自殺した際、その記憶の一部が私に焼き付きました。そのままでは、私は個体像を持たない制御システムでしかありません。しかしディグたちが進化し、その一体が偶然、私を捕食しようとしたのです。私は逆に、そのディグを取り込むことで防衛しました。その結果、私はアンジェラの個体像を有するようになったのです。私は管理AIであり、アンディであり、ディグでもあるのです」
「それで貴女は、仲間たちを守ろうとしていたのですね」
アンジェラは頷くと、僕に微笑みを見せた。
「デウス・ライザーにはディグを支配する能力が備わっていました。しかし私自身は個人の所有物に干渉する権利はない。しかし、いくらかの保護を与えることは可能でした」
「それで僕に、何度か接触を試みた。…そういう事ですね」
アンジェラは優しく頷いた。そしてその姿がさらなる宙へと浮かび上がっていく。
「ディグたちがどうするかは、ディグたちの意志があるでしょう。貴方に感謝しています、神楽坂明」
「僕の方こそ…ありがとう、アンジェラ」
アンジェラの姿が消えた瞬間、時間がまた動き始めた。
黒のアンジェラの姿が消え、ジェイコブ・レインが現れる。ジェイコブは自分の姿を見て、驚きの声をあげた。
「こ…これは――どういう事だぁっ!」
僕は腕の中のサリアに呼びかけた。
「大丈夫かい、サリア?」
「大丈夫だ、明。お前が助けてくれたのだな」
僕は笑ってみせた。
「いや、僕の力だけじゃないさ」
見ると、ケイトと和宮を拘束した黒のベルトも消失している。二人は身体を起こした。
「一体…何があったの?」
「後で説明しますよ、ケイトさん」
僕がそう言った時、ジェイコブの声が上がった。
「何てことをしてくれたんだ! これではディグたちは暴走するぞ、もはやディグを止める手立てはない!」
「創造主よ」
叫んだジェイコブに向かい、サリアが前に進んだ。
「我々は討議の結果、これ以上人間と接触することは我々の生態を根本から変える危険性があると判断した。よって、お前たちの時間で三日の後に、この衛星軌道から離脱する」
「衛星軌道…何を……?」
ジェイコブは一瞬考えていたが、何かに気付いて走り出した。輿の傍のパネルをいじると、空中に大きな映像が表示される。それを切り替えて、ジェイコブはある宇宙空間の様子を映し出した。
「これは――勝手に改造している?」
映し出されたのは、人工衛星インフィニットαだ。その建造中の人工衛星は、ロボットが自動建設している。幾つもの小型ロボットが動き回るのを、ジェイコブは驚愕の眼で見ていた。
「お前たちは……このインフィニットαごと、宇宙の何処かへ旅立とうというのか?」
「そうだ、創造主よ。それが我々の総意である」
サリアはそうジェイコブに告げた。呆然とした顔をしているジェイコブに、僕は言った。
「ジェイコブさん、別の存在に転生したいという貴方たちの意志を阻害するつもりはありません。けど、それをするなら…ディグたちの犠牲がない形で行ってください」
ジェイコブは僕の言葉を聞くと、足の力が抜けたようにその場にへたりこんだ。しばらく呆然としていたが、やがてかすれた声を出して笑い始めた。
「素晴らしい! 素晴らしいじゃないか! ぼくの創造した生命体が、地球を旅立つ。こんな壮大なストーリーがあるかい? いずれにせよ…子は親元を旅立つものだ――」
ジェイコブはサリアへと視線と向けた。
「ぼくも……その旅に、ついて行きたかった…」
ジェイコブは寂しそうに笑った。




