転生の日
「僕が現れた事に、何の意味が?」
「君は時間を越えていた。単純に言うと、その事に衝撃を受けたのだ。量子コンピューターを使い、アルゴリズムを早める。考えてみればそういう手があったと思った。しかし、時壊の魔法はあまりにもノワルドの中でチートだ。一体、どんな手を使って審査をクリアしたのか、極めて興味があった」
「それで……僕を拉致したのか」
「そうだ。君をレナルテの中で誘拐し、クロノス・ブレイカーの複製を創らせた」
「僕の実体も拉致していた筈だ。個人情報を秘匿しているレナルテの中で、僕の居場所が何故、判った?」
「簡単な事だ。君を強制的にホームボックスに戻した後、そこでGPSを発信すればいい。君のPCの所在地が判る。君がオートロックのマンションなどではなく、安アパートに住んでいて幸いだったよ」
僕にとっては災いでしかないが。
「それで君を脅してクロノス・ブレイカーの複製を創らせた。しかし審査をクリアする能力は、偶然性による成功だったようで何回創っても成功しなかった。しかしぼくは時間を操作する能力さえあれば充分だったので、それで満足した。後は電気刺激で君の記憶を消し、家に戻した――という訳さ」
「記憶を消すなんてことが、本当にできるの?」
ケイトが口を開く。ジェイコブは愉快そうに答えた。
「日本で最大のカルト宗教の事件では、その被害者が記憶を消された記録があるんだ。日本の公安警察なら周知の事実だ」
和宮は苦々しい顔で、黙っている。
「それで…半端なクロノス・ブレイカーで何をした?」
「進化だよ! 単細胞生物から多細胞生物に進化するように、ごく最初の段階から情報の海で仮想生命体を創り、時間をかける。その時、時を早める力が役立つのさ。言っておくがね、ぼくのデウス・ライザーはクロノス・ブレイカーなどとは違い、一時間で10万年もの時を進めることができる。そうやって時を進め進化を促し、ディグたちは遂に人型となり、知性を持つに至った」
「そんな事をしたら…ディグは人間以上に進化するんじゃないのか?」
「フフ、それも面白いね。だが、進化の速度は複雑化するに従って遅くなっているんだ。最初の変化は百万年かけても何も起こらなかった。だから初期の頃は時間の圧縮を行い、段々とその圧縮幅が小さくなっていった。最近はディグたちの時間の流れは、ほぼ人間世界と同期している」
そう言いながら、ジェイコブの姿が不意に、漆黒のアンジェラの姿へと戻った。と思う間もなく、手にした宝珠付きの杖から、黒いベルトのような線が発射される。それは一瞬で、ケイトと和宮を拘束した。
「クロノス・ブレイク」
僕はクロノス・ブレイカーを発動させる。しかし黒のベルトの速度は止まらない。
「言っただろう? デウス・ライザーは君より早いと」
アンジェラが微笑んだ瞬間、僕の身体も黒のベルトで拘束される。腕も膝も封じられ、僕は床に倒れ込んだ。
「一体…何をするつもりだ?」
「転生の日だよ!」
アンジェラは喜びに溢れる顔で言った。
「本当はサミット直前にするつもりだったのだけど、君らの活動が活発になったのでね。数日早めたのさ。もう信徒たちは待っている」
アンジェラが歩を進めると、扉が開く。アンジェラがそこへ向かって歩くのを、なんとか立ち上がって追った。
この奥の間は二階にあったらしく、バルコニーのように室内に張り出していた。一階の巨大な広間には大勢の信徒が集まっている。一万人はいるのではないだろうか。アンジェラがバルコニーの端まで進み姿を見せると、歓喜の声が沸き上がった。
「アンジェラ様!」
「お導きを!」
「転生の日は、まだでしょうか!」
「アンジェラさまっ!」
黒衣のアンジェラは静かに両手を広げた。一瞬にして、場内が静まる。アンジェラは厳かに口を開いた。
「皆の者、待ちかねた転生の日が来ました。我々はこれより、新たな存在へと生まれ変わります」
アンジェラがデウス・ライザーを高く掲げる。デウス・ライザーの赤い宝珠が、強い光を放ち始めた。と、背後の方で物音がする。僕らは振り返った。
アンジェラが座っていた輿の奥に、両開きに大きな扉が開いている。そこから何体もの人型のディグが現れ始めた。
「さあ、それは導きの影! 影と融合し、新たな存在へと生まれ変わるのです!」




