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学の告白

 マサオにそう言われ、学は眼を見開いて口ごもった。顔が赤くなり、唇が震えている。本人の中で、葛藤しているのが見て取れた。


「父親だから……話せない事もあったんじゃないかな」


 僕は傍から、そう言った。学が驚いたように、僕を見る。


「自分でも認めたくないし、父親にも話したくない。そんな事があったんじゃないの? だけどね、話してみることで、重かった荷物が軽くなる事だってあるんだよ」


 僕がそう言うと、学はマサオの顔をまじまじと見つめた。マサオが頷く。学の眼から、涙が零れ落ちた。


「お父さん……ぼくは、女の子じゃないんです」

「それは――?」


 マサオは理解が追いつかない様子で、複雑な顔をした。


「小さい頃から、自分は女の子じゃないって思ってました。けど、お母さんやお父さんに女の子の服を着せられる度、『可愛い』って褒められる度、それに嬉しそうにしなきゃって思って振る舞ってた。けど本当は嫌だった。ある程度年齢がいって、男の子っぽい服でもよくなって、やっと安心できた。けど思春期になって、自分が好きになるのが女の子ばかりだって気づいて、自分が少し違うんだって判り始めた。けどお母さんは離婚して離れてしまって、お父さんも仕事で忙しそうだった。何より、周りと違う自分が恐かった……」


 学が、大変な勇気を振り絞って話しているのが判った。マサオもそれを受け止めようと、真剣に聞いている。


「周りには話せなかった。ずっと女友達でいるように振る舞ってた。女の子同士は手をつないだりとかするし、ぼくは女の子にモテたから、ちょっと気分が良かった。けど、そういう子たちの気持ちとは別に、自分は本気で女の子しか好きになれないし、自分は女じゃないっていう想いがいつもあった…。けど、高三の時、本当に好きになった友達がいて…告白した。けどそしたら――」


 学はそこまで話して、息を呑んだ。苦しいのに違いなかった。僕もマサオも、ただ黙って学の様子を見つめていた。


「――気持ち悪いって。そう言われた。凄く冷めた眼で、僕を見てた。それからその子は口もきいてくれなくなった。けど…それだけじゃ済まなかった。ある日、下校途中で……私は男三人に…乱暴された……」


 マサオが息を呑んで、学の両肩を掴んだ。学は俯いて、視線を合わせる事ができない。けど、必死で言葉を続けた。


「乱暴された後で…男の一人が言ったの。『自分が女だって教えてやれって、あいつに言われたんだぜ』って。あの子が…男たちをたきつけてた……。私は…もう、学校に行けなくて……」


 涙ぐむ学を、マサオが強く抱きしめる。


「判った! そうだったんだな。何も知らずに学校をサボるな、なんて言って悪かった。オレが悪かった…ごめんな、美那。辛かっただろう。一番つらい時に、ちゃんと傍にいてやれなくて、本当にごめんな」


 マサオは泣きながら、学を抱きしめている。けどその身体を、学はそっと遠ざけた。


「…私は女じゃないって、ずっと思ってた。けど、あんな男みたいな生き物になりたいわけじゃない。私は何にもなりたくないし、何処にも居場所がないの。だから私は…別の場所にいく」

「お前の居場所はある! オレの傍だ! それに何処へいったって、あった事を無かったことにはできない。…それはお前にも、本当は判っているだろう?」


 マサオの言葉を聞いて、学は膝から崩れて顔を覆った。


「私は……どうしたら…」

「どんな人生だって、支えてくれる人間がいればやり直せる。オレだって、少年院から出たオレを拾ってくれた社長がいなかったら、まっとうに生きることもできなかった。だけど人に助けられたおかげで、人間はやり直せるんだって判ったんだ。美那、お前がオレが支えてやる。だから自分の足で立って、自分自身を胸張って生きていけ。そうしたらきっと…幸せになれる」


「私でも……?」

「当たり前だ。お前が娘でも息子でも、とにかくオレの子だ。お前はオレの…宝物なんだ」


 マサオはそう言いながら、膝をついた。学が、マサオを見つめる。


「お父さん……」


 マサオが開いた両腕の中に、学は顔を埋めた。マサオはしっかりと、学を抱きしめた。

 親子のいい光景だ。…見かけは両方男子の不良と委員長だけど。いや、それよりさっき少年院とか言ってなかったか? 『疾風のマサオ』の話は本当だったのか。


 そんな社長だからこそ、訳アリの僕を拾ってくれたのかもしれない。きっと、そうなんだろう。

 少し間をおいて、僕は学に話しかけた。


「ところで、君にデジタル・ニルヴァーナの話をしたのは、図書館にいた前橋公彦じゃないのかい?」


 学は頷いた。


「今日が…『約束の日』なんです。12時から集会に行くことになってました」


 僕は学の言葉を聞くと、校舎の中に駆け戻った。


「おい! 廊下を走るんじゃない!」


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