フック
「だったら、うちと兼任できるんじゃねえの?」
レオの言葉に、マリーネは残念そうな顔を浮かべた。
「わたしも最初はそう思ったんですけど…。ちょっと難しいみたいなんです。エリア公開直後はトップ300に入るために、チーム一丸でまずクリアを目指すんですが、それが大体、一週間くらい。その時は、一日に12時間以上フロートしてるって言ってました」
「12時間?」
マリーネの言葉に、レオが歯を剥いて慄いてみせた。軽く微笑んで、マリーネは言葉を続ける。
「クリアの後は一日に2、3時間ログインするくらいで、音楽活動したり、他のゲームで収益を上げるそうです」
「そうか。オレみたいな昼間入る奴もやっぱりいるんだな」
「プロは大体そうだね。だから実はノワルド・Jは、ヨーロッパのプロプレイヤーが多いんだ。マリーネも前線チームに行くんだったら、そっちの活動に専念した方がいいよ。そういうスタイルになると、もう昼間の仕事も辞めちゃうつもりなんだね?」
「はい……。不安はありますけど…」
本当に不安そうな表情を見せるマリーネに、僕は言った。
「大丈夫だよ。何かあったら、僕にもレオにも相談したらいいさ。じゃあ、改めてマリーネの新しい門出を祝って、乾杯しようか」
「おお、いいね」
レオが笑いながら、ジョッキを掲げる。マリーネが涙ぐんだ。
「キアラさん、レオさん……本当にありがとうございました」
マリーネは深々と頭を下げた。
*
その後は思い出話などして、最後の挨拶の収録をすることだけを約束して別れることになった。店の前で、マリーネはまた泣きながら挨拶をすると、ログアウトしていった。
残された男二人は、互いを見てため息をついた。
「さて、どうするよキアラ」
「とりあえず……どっかで飲み直そうか。君のバーは?」
「それは止めてくれよ」
レオは真顔で言った。実はレオはキンシャサでバーを開いているマスターである。営業が夜なので、空いてる昼間時間にゲームをしてるのだった。
レナルテに店を出すように勧めたのは僕である。動画をとってアップロードし、デジタルツインの店を出せば、レナルテの入店者による収益が上がると教えたのだ。実際に、店を造る時にも協力した。
「なんで? いいじゃないか」
「やだよ。だって行くと、オレの姿のAIアバターが接客するんだぜ。オレがオレに接客されるなんてやだ」
レオが本当に嫌そうなので、思わず笑った。
「そういうもんかな。じゃあいいや、僕の知ってる新宿のバーにでも行こう」
僕はメニューを開いて、その中からフックの形をしたアイコンをつまむと、レオに手渡した。『フック』と呼ばれるこのアイコンは、レナルテの中でワールドからワールドへ移動したりする時に、先行者の後追いができるシステムである。
僕はお気に入りの中から新宿のバーを選ぶと、そこに移動した。と、すぐにフックを使って、レオの姿が隣に現れる。フックを使えば知らない処に相手を案内できるが、フックは一回限りで消える。続けて移動するなら、またフックを渡さなくてはならない。
バーのカウンターに座ると、レオはラムコーク、僕はモスコミュールを頼んで一息ついた。
「いやあ、しかしマリーネがあんな事言い出すなんてな。オレは驚いたぜ」
「そう? 予想したうちの、二番目に悪い結果ではあったけど」
僕の言葉にレオは目を丸くした。
「そうなのか? じゃあ、他の予想は?」
「ざっと思いついたのは……・ログイン時間を変えたい ・チーム編成を変えたい ・知り合いをチームに加えたい ・新しいスキル、ならびにエフェクトが欲しい ・こういうストーリーで撮って欲しい ・リアルで結婚することになった ・チームを脱退したい ・お金を貸してほしい ……くらいかな?」
「お前、よくそんな事思いつくね」
「ストーリーの展開を考えるのと一緒だよ。色んな選択肢から、どれか一つを選ぶ。まあけど…しっかり考えて決めたことみたいだし、いいんじゃないかな」
「キアラはお人好しだなあ」
レオは笑みを浮かべた。
「あんなに手をかけたんだから、ちょっとくらい反対してみてもいい局面かと思ったんだけどな。それも日本人の気性なのか?」
「日本人でも支配欲の強い人はいるよ。僕は無理強いしても仕方ないと思ってるだけ。…で、君はどうしたい? チーム解散してみる?」
「おいおい! ちょっと待ってくれよ。オレはキアラとやっていきたいよ。仕事とゲームの両方で、いいバランスで収益があるんだし、お前の事頼りにしてるんだから」
「OK.それが聞けただけでも嬉しいよ」
僕は笑いながらグラスを掲げた。レオがそれに、自分のグラスを合わせる。