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マリーネの復帰


   *


「本人も納得して、契約書を破棄してもらったよ。もう、大丈夫」


 僕はモニターに映るマリーネにそう話した。マリーネの顔に驚きの表情が広がる。


「…本当ですか?」

「うん。ただし条件があって――」

「条件? …なんですか?」


 恐る恐る訊くマリーネに、僕は答えた。


「マリーネは、アルティメット・フレイムからは脱退って事だけど。それでいいかな?」

「は、はい! もちろんです!」


 マリーネは涙ぐみながら何度も頷いた。


「よかったね、マリーネちゃん!」


 後ろにいた有紗が、マリーネの肩をぽんぽんと叩いた。そして僕の方を見ながら口を開く。


「それにしても明くん、よくそんな奴を説得できたね」

「いや、昔ちょっと助けたことがあって。向うに貸しがあったんだよ。それになんか、ゴタゴタして忙しそうだったしね」


 多分、数日中には警察の調べが二人のところに入るだろう。違法なやり方で風俗店にいる女の子のアバターも回収される。ああいう連中を野放しにすると、また不幸になる女の子が増える。許してはおけない。


「本当に、ありがとうございます。キアラさん」

「いいんだよ。…仲間なんだから」


 マリーネの眼が、驚きに見開かれた。


「わたしの事……仲間って言ってくれるんですか…?」

「当然でしょ」


 僕は笑ってみせた。有紗がマリーネの涙を拭いている。

 クロノス・ブレイカーの真の力。それはレナルテの中の、どんな審査も通過するということだ。何処にでも入れるし、どのデータも閲覧できる。それは、ほぼ無法な力だ。


 僕はそれを判っていた。だからなるべく使わなかったのだ。だが、この力の真の意味に気付いた者がいて、僕を拉致し、その力を奪おうとした。いや、奪ったのかもしれない。少なくとも僕は、記憶を奪われた。

 奪われたものは、取り戻さなければいけない。


   *


 夜、僕はノワルドの集合地点へと赴いた。いきつけの酒場で集合し、新エリアと向かう感じになっているはずだ。


「――やあ。ここのところ攻略に参加できなくて、ごめん。進捗状況はどう?」


 集まっているレオ、リスティ、グレタに僕は声をかけた。が、なんか返事がない。どころか、皆、妙に暗い顔をしている。僕はちょっと怯んだが、とりあえず僕の側のニュースを伝えることにした。


「え~と、皆に合わせたい人を連れてきたよ。それじゃあ、いいよ」


 僕の声を聴いて、マリーネが姿を現した。さすがに皆、驚きの顔になる。


「マリーネ!」

「あの……」


 何か言おうとしえ、マリーネはすぐに涙ぐみ始めた。が、眼に涙を浮かべたまま、ぐっと顔を上げた。


「ご迷惑とご心配をおかけしました。もしよかったら…もう一度、仲間にしてください!」


 マリーネが深く頭を下げる。レオが席から立って、マリーネの方に歩み寄った。


「当たり前だろ。お帰り、マリーネ」

「レオさん……」


 マリーネは涙ぐんだ顔を上げてレオを見る。と、眼鏡の奥の前から、ボロボロと涙が零れ落ちてきた。


「おいおい、泣くなよ」

「だって……う…ぐす……」


 レオはマリーネの頭を撫でてやる。テーブルの方を見ると、リスティとグレタが微笑んでいた。僕は彼女たちの方に向き直って、口を開いた。


「ところで、どうも浮かない顔だったみたいだけど?」

「新エリアがひどい状況でさあ……」


 リスティが苦々しい顔で口を開いた。


「新エリアでは決闘の申請なしに相手と戦えるから、だまし討ち、待ち伏せ、集団襲撃なんかの強盗が頻発するようになってる。奪うのも攻略に必用なガイノ・ファクターじゃなくて、普通のアイテムになってきてるの」


 グレタが説明を施した。そこでマリーネの声がする。


「あ…状況はノワルド・Aでも同じです。無差別な強奪ゲームに近い状況になってます」

「こんなの、あたしの好きなノワルドじゃない!」


 リスティが机を掌で叩いて、声を上げた。


「仲間と協力し合って、モンスターを倒してエリア攻略をする。仲間以外の人の手も借りるし、色んな人と知り合う。そういうのが好きで、あたしはノワルド・アドベンチャーをプレイしてるの。殺戮ゲームなんか、現実だけで沢山!」

「現実?」


 リスティの言葉にどきりとした。リスティは言いすぎたことを隠すように、むっつりとした顔で黙る。その場をとりなすように、グレタが口を開いた。


「リスティもあたしも、正直、新エリア攻略に対する熱が醒めてるの。せっかくマリーネも帰ってきて悪いんだけど…」

「もう止めちまうか? せっかくガイノ・ファクターも揃ってきたところだったんだがな」


 レオがそう言いながら、僕の方を見る。獅子の眼は、僕に無言で訴えかけてきていた。


「――ストーリー・ビューを撮ろうか?」

「は?」


 リスティが怪訝な顔で僕を見る。僕はマリーネとレオを目で促しながら、自分も椅子に座りテーブルについた。


「リスティのその気持ちを、ストーリーの軸にして、ストーリー・ビューを撮ろうよ。そして僕たちのチームは、攻略の早道であっても他チームを襲わない。それを前面で押し出して、発信していくんだ」


 リスティの顔つきが変わり、僕の方を真剣な眼差しで見つめた。


「そうだな…まず最初は他チーム同士の争いを見て、リスティがもう新エリアの攻略は嫌だと言い出す。そんなところからでもいい。それで裏では、入ったチームが他のチームを襲うのが嫌で、チームを抜けたマリーネがいる。一人になったマリーネは途方に暮れるが、そこで強盗まがいの連中に襲撃される。そこを通りかかったリスティが助ける」

「それで?」


 リスティの声に、僕は先を続けた。


「それで二人はお互いの心情を確認するんだけど、マリーネは他チームから奪わなくても攻略できる事を証明したい、って言い出す。その想いにリスティもうたれて、二人はチームに戻って来る。……みたいな感じでどうかな?」

「いいんじゃねえか」


 レオが笑いを浮かべて、そう言った。


「新エリアの事をよく思ってない人も大勢いるだろうし、その中で、自分たちがどういうモラルを貫いていくのか、っていうのが一つの主題になりうると思うんだ。今後のノワルドのエリア作成の上での、製作側に対するアピールにもなる。どうだろう?」


 リスティがにっと笑った。


「キアラって凄いね。その話、今、思いついたの?」

「いや、マリーネをチームに戻す上で、何にしろストーリー・ビューを創ろうとは思ってたんだ。けど、リスティの気持ちを聞いたから、ストーリーに主題ができて深い物語ができるような気がするよ」

「いいじゃん、やろうよ」


 リスティが笑って、皆を見回した。グレタもマリーネも、レオも頷いた。


「じゃあ、シナリオは頼んだわよ」


 グレタが流し目を送って来る。…自分で言い出したこととはいえ、また忙しくなるなと予感した。




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