クロノス・ブレイカーの真の力
「馬鹿は夢を見るな。それがオレの格言だぜ」
ドーベルが偉そうな口をたたいた瞬間に、俺は姿を現した。
「――ならば、お前は夢を見るな」
ソファの二人は一瞬、何が起きたか判らずに固まっていたが、やがてドーベルは立ち上がって怒気を露わにした。
「てめぇはグラード! 何で此処にいる? いや、どうやって入った!」
「ずっと此処にいたのさ。お前たちの話を聞いていた」
そう。俺は小さな虫のアバターで、この部屋にずっといた。そしてアバターをグラードに変えて姿を
現したのだった。
「聞いていただと? てめえ、何のつもりだ!」
「女の子を追い込んで食い物にする。お前たちのやってる事は最低だが、それ以前に犯罪だ」
クックッと笑い声がする。ソファに座ったままの男が笑っていた。
「何を言ってる? 俺たちは別に法に引っかかるような事は何もしてないぜ」
「契約条項に十分な説明もせず、それを知っていて攻略に参加できないように仕事を与える。お前たちが手を組んでいると判れば、充分な詐欺だ」
「そんな事になるものか!」
大声を上げるドーベルを無視して、俺は相手の男を指さした。
「お前は芸能マネージャーを名乗ってる大橋清二。ノワルドではブリッジを名乗ってる格闘家だ」
本名を言い当てられたブリッジが、顔色を変えた。
「お前は芸能マネージャーを名乗ってるが、実際はベルベット・タウンのアバター風俗の経営者だ。今までに芸能活動で喰えなくなったタレントなんかを風俗店に務めさせるツテで芸能界に少し顔がきくが、お前はそもそも芸能界の人間でもなんでもない。お前たちが最初からツルんでるという事は、最初から女性キャラを追い込んで風俗店で働かせる事が目的だという事だ。それにお前たちのさっきの下衆な会話も、証拠として提出させてもらう」
俺のその言葉を聞いて、初めてドーベルが顔色を変えた。
「貴様…裁判に持ち込むつもりか」
「お前たちがやってることが犯罪かどうかは、裁判員に訊いてみる事だな」
ドーベルは舌打ちをした。
「何が狙いだ?」
「マリーネの契約書は何処だ」
俺の言葉を聞いて、ドーベルが薄笑いを浮かべる。
「てめぇも、あの地味眼鏡のファンかよ。…それとも知り合いなのか?」
俺は何も答えずに、ドーベルを睨みつけた。しかしそこでブリッジが口を出す。
「いや、グラード、お前はどうやって此処に入った? 此処は会員制で許可なしには入室できない筈だ。此処に入ったという事は、お前も不法侵入になる筈だ」
「許可は得ている」
「馬鹿な! 許可なんか出すものか――」
ブリッジがウィンドウを開いて、許可の受諾を確認している。やがてブリッジは、驚きに眼を開いた。
「馬鹿な! なんでだ…オレは許可なんか出してない――」
「マリーネの契約書は何処だ」
俺は再度、ドーベルの顔を見ていった。ドーベルが歯噛みしながら、ウィンドウを開き、マリーネが署名した契約書を出してきた。
「これだ」
「これで全部か? もし他にあったら、ただでは済まさん」
「これで全部だ! 契約を破棄にするのはチームの同意もいる。少し待――」
「クロノス・ブレイク」
ドーベルの言葉が終わらないうちに、俺はクロノス・ブレイカーを発動させた。途端にドーベルとブリッジが、時間が止まったように動きを止める。俺はその間に、マリーネの契約書をデリートモードで斬りつけた。
契約書が消えて無くなった。あくまでこれは見た目上の事で、実際にはNFTデータが全て削除されている。俺はついでにドーベルとブリッジの首にも剣を一閃した。
「ブレイク・アウト」
時間が戻る。
「――ってくれ。そしたらもっといい方法も考える」
「考える必要はない」
俺がそう言い放った後、ドーベルは手にしていた契約書がない事に気が付いた。
「あ! な、ない! 契約書が――お前、何をした!」
俺は踵を返して背中を向けた。
「ひとつ言っておくが、お前たちの脱税帳簿が閲覧可能になっている。今頃、警察の眼に止まっているだろう。散々、女性を食い物にしてきたツケを払うことだな」
「待ちやが――」
ドーベルが俺の後を追おうとした瞬間、ドーベルの頭が首から落ちた。
「れ?」
「あ、ああっ! ドーベル!」
そう叫んだブリッジの首も床に落ちる。
「ど、どうなってんだ!」
「お、おい! なんだこりゃ!」
床に転がった二人の首の喚き声を聞きながら、俺はその場を後にした。