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ドーベルの裏の顔

 これは罠だったんだ。多分、最初から。


「……お前自身には、何の傷もつかないからって言われましたけど…」


 マリーネは涙声で呟いた。


「マリーネのアバターは…もうわたし自身の一部で……それがどんな風に扱われるかと思うと…わたし…」


 マリーネは堪えきれずに、両手で顔を覆った。

 判るよ、マリーネ。アバターはもう自分自身そのものだ。それを人の好きにされるのは、言いようのない程、心苦しい事だと思う。


 そんな人の心を踏みにじり、食い物にする奴らが許せない。

 腹の底から怒りが込み上げてきたが、僕はそれを押し隠した。


「マリーネ、僕はさっきも言ったけど、ちょっとドーベルと知り合いなんだ。彼と少し話してみるよ。少し待ってくれないかな」


 僕はそう言って、マリーネに微笑んだ。マリーネは赤くなった目を、驚いたようにこちらに向けた。


「はい…」


 どうやらずっと使わなかったクロノス・ブレイカーの真の力を、使う時が来たようだ。


   *


「――まったく、あんな地味な眼鏡女のどこがいいんだか」


 せせら笑いを浮かべながら、ドーベルはそう言った。大きなソファに身を沈め、左右には肌も露わなドレスの美女アバターが座っている。

 そのドーベルの斜めに座る男が、いやらしい笑いを浮かべながらそれに応えた。


「ああいうお子様ぽいのが好みの奴がいるんだよ。それにあの女、すぐ泣くだろう? ああいう泣き虫娘を、さらに泣かすのが好きな奴がいるのさ」


 そう言って男は、掌を上に向けて手を出してみせた。


「泣かすって、どういう意味でだ? いい声出さすのか、それとも本当に痛めつけるのか?」

「両方だよ。女を痛めつけないと興奮しないって変態さ」


「何にしろ、じゃあ需要はある訳か」

「あんな女でも使いようはあるんだよ。てか、あいつ、あれで人気あるんだぜ。前のチームのログ・ビューは結構な再生回数だし、あの女自身のレンタル率も高い」

「はあん、世のなかには物好きな奴がいるもんだなあ」


 ドーベルはそう言うと、下卑た笑い声をあげてみせた。そして相手の男は、ドーベルに訊ねる。


「それで、マリーネはキャラを売りそうなのか?」

「まあ、売るしか道はないさ。チーム残留でチビチビ返却なんて言いやがったら、さらに借金漬けにして追い込んでやる」


 ドーベルが残忍な笑みを口元に浮かべた。相手の男が笑う。


「恐いねえ、女を食い物にする男は。今度はどんな手を使うつもりだい?」

「幾らでもやりようはあるさ。まあ、今回は本当にVドルなんかになりやがったおかげで、ラクに話が進めたけれどもよ。お前、裏から手廻したのか?」


「いや、特に何も。どうせ受かると思ってなかったら、レッスンの準備をしてたのさ。それで攻略に参戦させない手筈だった」

「それが本当にオーディションに受かったわけか。まあ、あんな地味眼鏡に、需要がある事の証拠かよ」


 ドーベルがクックッといやらしく笑う。ドーベルはウィスキーのグラスを取り上げると、思い出したように相手の男に訊いた。


「そういや、ラミアはどうしてる。稼いでるのか?」

「ああ、前の女か」


 相手の男もグラスを傾けると、可笑しそうに笑った。


「あいつは胸があったからな、人気者だぜ。この間は、多人数プレイ好きの変態チームにやられてたよ。1人で6人相手にしてたぜ」

「そりゃ大変だな」


 ドーベルが言葉とは真逆の笑みを浮かべて言う。相手の男も肩をすくめた。


「なに、所詮AIアバターだからな。元の本人は痛くもかゆくもないし、知らないところで人気者なだけさ。…本当は、本人が入ってる方が、金がとれるんだがな」

「別のチーム使って追い込めないのか?」


「ツテでもあるのか?」

「ああ。知り合いがやってるチームがある。そいつらに頼んでもいい」


 ドーベルの言葉に、相手の男は苦笑した。


「やれやれ骨の髄までしゃぶられるか。マリーネもラミアと同じ運命を辿るのかな、可哀そうに」

「お前が目ェつけてきたんだろうが」


 ドーベルの言葉に、相手の男は薄笑いを浮かべた。


「ログ・ビューを見たら一生懸命歌ってるんだよ。こいつは、すぐに引っかかると思ったね、夢がありそうだったからな。トップチームに入って、芸能活動もできる。そんな甘い夢を見てそうな顔だと思ったよ」


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