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マリーネの事情

「う……え…ぐ……」

「え? えぇ? ちょっとなんで泣くの?」


「明くん! マリーネちゃんに何かしたの?」

「な、何もしてません!」


 血色を変える有紗に僕は慌てて弁明する。その間にもマリーネは堪えきれない様子で涙を拭い始めた。


「ごめんなさい……なんかわたし、キアラさんの笑顔を見たら、なんだか気持ちが緩んじゃって……」

「一体…どうしたの?」


 マリーネは眼を擦すり終わると眼鏡を戻し、僕に言った。


「実は……わたし今、困ったことになってしまって……」


 僕と有紗は、顔を見合わせた。

 場所を変えて近くのカフェに入ると、僕らはマリーネから話を聞いた。


「――もう、ノワルドの新エリアが攻略されたのはご存じですよね」

「ああ、昨日、一位攻略チームが出たんだよね、随分と早い。それが関係してるの?」

「わたしが入ったアルティメット・フレイムももう攻略が終わったんですが……300位に入れなかったんです。それが……わたしが攻略に参加しなかった責任だって言われてるんです」


 僕はあのリーダーのドーベルの顔を想い出した。奴ならそう言う事を言い出しそうだ。


「え? 攻略に参加しなかったって…どういう事?」

「わたし、Vドルとしてのデビューが忙しくなって、チームにはレンタルキャラで攻略してもらう事にしたんです。能力は変わらないし、サブリーダーのゼストさんも『それでいい』って言ってくれたんで安心してたんですが…。そのわたしのレンタルキャラが十分に働かなかった事で、攻略が遅くなったとドーベルさんが言ってきたんです」


「あんな奴の言う事、気にしなくていいよ」

「…あんな奴って、キアラさん、ドーベルさんをご存知なんですか?」


 しまった。ドーベルを知ってるのはグラードで、マリーネはまだ僕がグラードだって知らない。


「あ、ああ…ううん。ちょっと知ってるんだよ。で、まあそういう難癖つけてきても、無視しておけばいいじゃない」


「それが…チームに加入する時に書いた規約の中に、『行為または不行為によりチームに損害を与えた場合、プレイヤーはチームにその損害額を賠償する』っていう条項があるって言うんです」

「はぁ? 何それ!」


 あまりにも暴虐な話に、有紗の方が声をあげた。しかし、それが正式な契約条項でマリーネが同意の上に加入したんなら大変な事になる。


「それで、幾ら賠償しろって言ってるの?」

「……2000万レナル…」

「えぇ!」


 有紗が声をあげた。その一方で、マリーネは俯いて涙ぐみ始めた。


「わたし……そんな大金持ってません…」

「ちょっと! そんなの詐欺じゃない! そんなの払う必要ないよ。そんなチームさっさと辞めて、弁護士に相談した方がいいよ」


「それも手だと思うけど、加入契約書に記入する時、その条項には気づかなかったの?」

「こういう条項もあるけど、それが該当するケースなんてほとんどないから、って言われました」


 まずいな、一応、説明を受けてる。


「けど、なんで今回はそれが該当するケースだって?」

「あの…新エリアは他チームのキャラへの攻撃が認められてますけど、わたしのキャラが、他チームのキャラをほとんど攻撃しなかった事がチームの敗因になったって……」

「そうか…マリーネのキャラじゃあ、そんな事しないよなあ…」


 そうする事が得になると判っていても、マリーネはそんな事をする子じゃない。それが裏目に出たのか。


「なんにしたって、もう辞めちゃいなよ、そんなチーム」

「実は…メンバーに対しても借金があって…」


「え? どうしたの?」

「トップチームに入るなら、相応の戦力が必要だって言われて、アイテムをチームから買ったんです。結構な高額アイテムだったんですけど、上位クリアしたらその報酬ですぐに返せるからって言われて…」


「買っちゃった訳ね。それは幾ら分くらい?」

「50万レナルくらい…正直に言うと、わたし仕事を辞めて東京に出てきたので、その借金だけでもしんどいくらいなんです。…それで、借金が返せない以上、脱退は認められないって…」


「――で、どうしろって?」

「チームに在籍して、次からの攻略分で借金と賠償金を払うか、一括で返す方法がある、って言われました」

「一括? その高額賠償金を?」


 マリーネは頷いた。そして震える声で、言った。


「マリーネのアバター権利を売れって……」


 ……そういう事か。僕はリスティとグレタが話してくれた、アルフレのメンバーが、仮想歓楽街の『ベルベット・タウン』で働いているという話を想い出した。


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