リアルのマリーネ
「もしサリアがいなくなったら、僕は悲しむと思うよ、多分」
「本当か? でも、どうして?」
「一応、セックスした仲じゃないか」
僕はそう言って苦笑して見せた。が、サリアは真面目な顔のままだ。いけない、これは冗談が通じてない。
「いや、セックスしたからとかじゃなくてだな。つまり有紗に対して持ってるような特別な気持ちじゃなくても、お前にも友情のような近しい気持ちを持ってるって事だよ。だからいなくなったりしたら、悲しいさ、多分」
サリアはじっと僕を見つめていた。僕の言ってることが判るだろうか。僕はその身体を引き寄せて、サリアの頭を肩まで寄せた。その引き寄せた左手で、頭を撫でてやる。
「……なんだ? セックスするのか?」
「しないよ。これは『お前はいい子だよ』の仕草」
「そうか……」
サリアは撫でられるがままに、じっとしていた。ふと僕は、頭に浮かんだ疑問をサリアにぶつけてみた。
「そういえばお前たちバグノイド――いや、ディグというべきなのか? は、どれくらいの寿命なんだ?」
「我々の個体寿命はお前たちの時間換算で言うと、80~100年ほどだ」
「じゃあ、人間とあまり変わらないな。で、サリアは何歳なんだ?」
「54歳」
おい。
「なんだよ、よしよしするような歳じゃなかったな」
「けどこれをされると……何だか心地よい…」
サリアがそう言うので、僕はしばらく頭を撫でていた。なんだかサリアが無性に可愛く思えてきた。
が、不意にサリアは立ち上がった。
「ワタシは、仲間のところへ報告に行ってくる」
「そうか。せいぜい、人間が好印象を持たれるように頼むよ」
「事実を解釈で歪めるような真似はしない。報告を聞いて人間をどう判断するかは仲間次第だ。…が、ワタシはお前や有紗などの特定の人間に対して――好印象を持っている」
「それだけで充分だよ」
僕はそう言って笑ってみせた。表情の変わらないサリアが、何を考えてるかは判らない。サリアは別れの挨拶もなしに、いきなり姿を消した。
*
プラトニック学園をログアウトしたのが15時だったので、まだ夕方の早い時間だ。サリアが消えた後に独り残されると、妙に寂しい気分になった。無性に有紗に逢いたい。
そんな事を想っていると、有紗から電話が来た。
「明くん、今、どうしてる?」
「あ、一応、仕事上がり…みたいな感じかな?」
「ねえねえ、じゃああたしを迎えに来てよ。一緒にご飯にしましょう」
「いいけど、何処にいるの?」
「新宿」
電車で移動する。新宿に彼女の事務所があるから、そこからかけたんだろうと思った。新宿東口の階段下広場で待ち合わせる。うんざりするような人ごみを抜けて、有紗を見つけた。誰か、傍にいる。
近づくと、有紗の方も僕に気付いた。
「明く~ん」
手を振ってる。ああ、なんて愛らしいんだ、有紗。で、もう一人の人物は、有紗の背中に隠れる。訝しみながらも、僕は有紗に近寄った。
「お待たせ。…で、そっちの人は?」
「へへー。じゃーん!」
そう言って、背中の人物を僕の方に押し出す有紗。その顔は――
「マリーネ!」
小柄で眼鏡の少女。少し恥ずかしそうに俯いたまま、僕の方を見上げた。
「あの……こんにちは」
「同期のマリーネちゃん、何処かで見たと思ったけど、やっぱり明くんのチームの人だったのよ! なんか話してるうちに気が付いて、それでみんなでご飯食べようと思った訳」
「そっか…東京に出てきたんだね」
「あ……はい」
やっと顔を上げて、僕の方をマリーネが見た。ぼくはふと気が付いて言った。
「あ、リアルで会うの初めてだね。僕は神楽坂明。呼びにくかったらキアラでもいいよ」
「わたしは、刀根麻梨子といいます。…あの、わたしもマリーネでいいです」
「そう? じゃあ、そう呼ぶよ」
僕は笑ってみせた。と、僕の顔を見たマリーネの顔が、突如として涙目になり口を太一文字に開いた。