真田真希の卒業
並んで廊下を歩くと、真希が少し遅れる。昼にはそんな事はなったのだけど。そう思っていると、真希が腕を組んできた。
「え、真希さん?」
「ごめんね。けど、ちょっと支えてもらっていい?」
「う、うん……」
少し強めに腕を組む真希が、意外に細い事に僕は気づいた。
武道館に着くと、既に部員たちが何人か来ている。真希はそこまで来ても、まだ腕を離さない。僕と真希は板張りの武道場へ、腕を組んだまま進んだ。
「真田さん、倉坂くんとお似合いね」
副部長の千堂瑞樹が微笑みながらそう言った。部長の葛城正也も笑っている。僕は何と返していいか判らず、とりあえず誤魔化し笑いを浮かべる。その時だった。
不意に、腕が軽くなった。
床に、何かが落ちた音がする。
「――え?」
僕は自分の腕の先を見た。そこには、床に倒れた真田真希がいた。
「真希さん!」
「真田さんっ!」
部長たちも慌てて駆け寄ってくる。僕は膝をついて、倒れた真希に声をかけた。
「真希さん、しっかりして!」
うっすらと目を開ける真希の頭を、僕は腕で支えて少し起こした。力のない笑みを、真希はゆっくりと浮かべる。
「アキラくん……私、卒業みたい…」
「え?」
意味が判らず、僕は周りを見回す。同じように膝をついた部長や副部長が、涙ぐんでいた。
「アキラくんと戦えて、満足しちゃったのかなあ……。けど、アキラくんに逢えて、とても嬉しかったよ…」
真希が差し出す手を、僕は握りしめた。真希は少し顔を傾けて、部長たちを見る。
「部長、副部長、それにみんな……今まで、ありがとうございました…」
「そんな、僕らの方こそ…ありがとう」
「そうよ、真田さん。本当に今まで、ありがとう」
部員たちの、ありがとうという声が道場内に響く。真希は嬉しそうに微笑んだ。
「みんな……ありがとう…。じゃあね……」
そう言った真希の笑顔が、そのまま固まった。違和感がある。明かに不自然な固まり方だ。
「真希……さん?」
もう、真希から返事はない。真希は制止画面のように、身体の全部が全く動かなくなっていた。
やがて、少しずつ粒子が荒くなり、真希の姿は腕の中で消えていった。
「これは――?」
「フロート・ピットが生命反応を感知しなくなって…ログ・アウトしたと見做されたんだ。…真田さんは、卒業したんだよ」
ただ茫然とする僕に、部長の葛城がそう教えてくれた。
*
テーブルと椅子のある武道館の控室で、部長と副部長は僕に話してくれた。
「真田さんは、少し前から『もう自分は卒業間近』って言って教えてくれたの」
千堂副部長は、そう話し始めた。
「真田さんはね、89歳だったそうよ」
「89歳――」
さすがに息を呑んだ。確かにアバターはどれだけでも若くできる。けど、さすがにそれは想像していなかったのだ。
「そして本人はバイオ・カプセルの中で集中ケアの状態にあったんだ」
そう話を継いだのは葛城部長だ。
「けど実は、そういう人はこの学園では珍しくない。ぼくも、真田さんほど歳ではないけど、実は本体はバイオ・カプセルの中だ。24時間管理された状態で、懐かしい青春時代をここで過ごしてるのさ」
葛城は静かに微笑んだ。今度は千堂が話し出す。
「真田さんは、剣道七段だったのよ」
「七段! 道理で…」
強い訳だ。
「63歳の時に体調を崩して止めてしまったけど、本当は剣道を続けたかったみたい。そして八段を取りたかったらしいのね。その夢は破れたけど、この学園に来た事でもう一度剣道ができる。真田さんはそれが嬉しかったらしいの」
「ところが、僕らじゃあ七段の相手にならないんだよ」
葛城は苦笑した。