9、クロノス・ブレイカー 学園生活の情景
翌日、『プラトニック学園』の教室に行くと、転校生が来ていた。
「――え~、疾風マサオっす。よろしくっす」
社長だ。学ラン来て、金髪のヤンキーだ。珍しい感じの転校生に、教室の中が沸いた。
「あと…アキラとはマブダチっす」
「そう。じゃあアキラくんの隣の席に座って」
担任の女教師に言われ、マサオが隣にやってきた。それまで空席なんかなかったのに、突然、空席が現れる。そういうシステムらしい。ちなみに教師は全員AIアバターだが、教師との恋愛も禁じられてない……のだそうだ。
「よう。オレは相葉キヨシ。よろしくな」
「おう、よろしく」
前の席のキヨシが挨拶すると、マサオはすぐに笑って返した。妙に気が合いそうな二人だ。授業を少
し懐かしい気持ちで受けたが、すぐに終わる。キヨシには懐かしいという気持ちは毛ほどもないらしく、退屈そうな顔が休憩時間に入ると、急に活き活きしていた。
「で、お前は剣道部に入ったの?」
「うん。真希さんに連れて行ってもらったよ」
「真田姫? マジかよ!」
キヨシが驚きの声をあげた。
「なに、姫って呼ばれてるの?」
「ああ。美人なんだけど、あんまり男子と会話せず、御高い感じだからそう呼ばれてるんだ。…っていうかお前、今、下の名前で呼んでなかったか?」
「ああ…まあ……」
僕がなんとなく誤魔化し笑いをすると、マサオが話に入り込んできた。
「その真田姫って誰?」
「あいつだよ」
キヨシが指さした先をマサオが見る。
「おお、確かに美人だ。隅に置けないな、アキラ」
「そういうんじゃないよ」
僕はマサオの腕を引っ張って、教室の外に出た。耳元で、小声で囁く。
「本来の目的を忘れて、学園生活を楽しんじゃ駄目だよ」
「お! おお、そうか。そうだった」
マサオは真顔になって頷いた。やっぱり、忘れてたんだな。
「僕の推測では、クラスメートの中に美那さんがいます」
「え! 誰なんだ?」
「それを教えてあげてもいいけど…それだと多分、美那さんが納得しない。だから今日一日、クラスメートをじっくり観察して、誰が美那さんか探してください」
「わ、判った」
僕は頷くと、その場を去るために離れた。が、その前に一つ言っておく。
「いいですか、必ずしも女子だとは限りませんよ。よく、観察してください」
「おお、判った。…で、お前は何処へ行くんだ? もう授業が始まるぞ」
「ちょっと野暮用です」
僕はそう言うと、その足で図書室へ向かった。その僕の頭の中で、声がする。
“お前の流動的影響力は、あの人物を助けようとしている”
この声はバグノイド――サリアだ。昨夜、僕の中に入ってセックスを体感した後、『普段の生活における流動的影響力の検証をしたい』とかなんとか言って、そのまま僕の中に残ってしまった。
「世話になってる人なんだよ」
僕は独りごとみたいに呟く。無論、追い出すこともできるのだが、なんというかサリアの知的好奇心が面白くて、そのままにしてしまった。
図書室に着くと、僕は席の一角に向かった。昨日からそこにいるみたいに、前橋公彦が座っている。僕は向かいの席に座った。
公彦は、うろんな眼で僕を見た。
「何か用かい?」
「君は、この学園が長そうだなと思って」
「まあ…そうかもね」
「僕は人を探してるんだ」
その言葉に、公彦は何も言わない。僕はそのまま続けた。
「アンジェラ、という人を探している」
公彦の表情は変わらない。が、口を開いた。
「どうして探してる?」
「僕は自分の現実を変えたいんだ。アンジェラなら、それができると聞いた」
「君は、そう現実に絶望してるようには見えないが?」
「借金を死ぬほど抱えていて、もう毎日が重りを着けて暮らしてるようなものだ。世の中のうまくいってる連中が、全員、憎たらしくなる時がある。そんな気持ちを緩和するためにこの学園に来たけど、逆に幸せな青春を謳歌する奴ばっかりで、気持ちが萎える」
僕の言葉を聞き、前橋公彦は上目遣いでじっと僕を見つめている。が、口を開いた。
「知らないな、アンジェラなんてのは」
「…そうかい。悪かったね、読書の邪魔して。自分で探してみるよ」
僕はそう言うと、席を離れた。