モドキの望み
「もしもし明くん?」
「有紗! 大丈夫なのかい?」
「大丈夫だよ。ちょっと今から明くんのレナルテ部屋に、エアルちゃん…じゃない、モドキちゃんを連れてくね」
「え? えぇ?」
動揺しながらフロート・ピットを被る。レナルテの僕の部屋にミラリアで入ると、有紗のミラリアと夜風エアル…の姿をしたバグノイドが来ていた。
「ね? グラードって、明くんの事なんでしょ?」
有紗がバグノイドと僕を交互に見ながら言った。
「そうだ。明というのが正確な識別コードか? ならば以降は明と呼ぶが」
「それは構わないが……僕に教えてほしい事って何だ?」
「お前たちは言葉による会話以外に、互いの圧縮情報端末を融合させて新しい複製体を生産する手段をとっている」
「何の話だ?」
「お前たちがセックスと呼ぶ行為だ」
ぶ。
「セックスについてお前に教わりたい」
「やだあ~、それってあからさまな告白ね!」
有紗が少しはしゃぎながら声をあげる。いや、そうじゃない。
「お前、何言ってるんだ? そんな事、お前ならアバター風俗にでも行って見てくりゃ判るだろ。どうして僕が?」
「風俗というのには行ってみた。独立意志を持たない個体に入り込み、セックスされる事を経験してみたが、独立意志を持たない個体では何も感受していない。あれではセックスを経験した事にはならなかった」
「風俗店のAIアバターに入ってみたわけね。けど、何も感じないと。そりゃそうだ。あれは人形みたいなものだからな。けど、そもそも何故、それを知りたがる?」
「お前たちは男/女という二種により、情報基盤の受動コードが分別されている。我々は五種だ」
「五種? 人間はXとY遺伝子で大別されるけど、それがABCDEある、みたいな事か。…それで、お前たちはどうやって子供…複製体を造るんだ?」
「時期が来ると圧縮情報体を産出し、それを融合させる」
「ふ~ん、多分だけど卵に精子をかける、カエルとか魚に近いか。別にお前たちはお前たちの方法があるんだからいいじゃないか」
そう言うと、バグノイドは妙に真剣な、考え深げな顔をした。
「…お前たちの生態について調べていると、セックスというのは極めて強力な指向性を持っている。これほど強い指向性をもつものは、外部からは謎だ。これが何か、内観的にそれを知りたい」
「いいじゃなーい! 教えてあげましょうよ、明くん」
有紗が明るく口を開く。まったく、なんて事を言い出すんだ。
「教えるって言ったって……お前たちにその機能がないんだから、しょうがないだろう」
「内観的にセックスを知る方法はある。ワタシが他の個体の感受体と同化することだ」
「じゃあ、あたしの中に入ればいいわ」
有紗があっけらかんと言うのに、僕は慌てて割って入った。
「ちょっと待って! それって、入った相手をのっとったり消したりするんじゃないのか?」
「相手の個体には意志の自由があり、こちらは干渉することはない。そもそもだが、相手の同意がなければ内観同調は難しい。命令系統に混乱が生じるからだ。相手の独立意志を無視して同化できるなら、既にやっている」
「……」
大丈夫なのか? 信用していいのか?
「いいじゃない、明くん。こんなにシタがってるんだし、それに明くんの事好きなんだよ、この子」
有紗に言われて、僕はバグノイドを見た。いやいや、見た目は夜風エアルだけど、こいつは情報生命体だ。それに、また別の問題が。
「けど、有紗。有紗の中に入ってするってことは、こいつに僕らの一部始終を見られるって事でしょ? ちょっと……抵抗ない?」
「見られてるって思ったら、興奮するかもよ。ね、いいでしょ、明くん」
そう言うと有紗は、僕に近づいて不意にキスをした。彼女の柔らかな唇が、僕の口をふさぐ。
「いいわよ、モドキちゃん。あたしの中に来て」
有紗が口を離してそう言うと、バグノイドが背中から近づいて有紗を抱きしめた。と、思ったら、その腕は吸い込まれるように有紗の中に消えていく。やがてバグノイドの姿は完全に、有紗の中に消えた。
「有紗、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。この子、おとなしくしてるよ」
そう言うと有紗は微笑んで、僕にもう一度キスをした。その魅惑に堪えきれず、僕は有紗の柔らかな身体を抱きしめた。