ぽめらの配信
「社長、その姿で『わし』は止めてくださいよ」
「おお、それもそうだ。俺はマサオ、よろしくな」
そう言うとマサオは、親指を立てて歯を見せた。
「そんな感じですかね。隠すのも面倒なんで、最初から僕らは前の学校で友人だったって事にしましょう」
「おお、俺たちマブダチだな」
そう言うとマサオは、僕に肩を組んで体を寄せた。
*
社長の訪問でちょっと疲れた僕は、今日から桜月ぽめらの配信が始まるのを想い出した。
Vライナーは主に編集した動画をあげるのだが、Vドルは配信が人気がある。つまりリアルタイムで出演し、そこに視聴者がコメントを出して、その場で応答したりするのだ。コメントは文字表記で流れているが、課金コメントをするとその額によって表示時間が長くなったりする。これが大きな収益の一つで、人気Vドルは一回の配信で相当に稼ぐ。
配信する内容は雑談や、他のVドルとの共演、ゲームをプレイしてる様子や歌を歌ったりと様々だが、配信時間は一回で2~5時間と結構長い。一本が20~40分くらいの動画を創ってる僕としては、その配信時間は相当に長い感じがする。正直、それにつきあうファンって凄い情熱だと思ったりもする。
僕もぽめらの配信を長々見るようになるだろうか? いやいや、まさかそんな。
そんな事を思いながら、ぽめらのチャンネルを開けてみた。レナルテで見ることもできるけど、今日はモニターで見ることにする。もう始まってる。
「――う~んとねえ、ちょっと恐くてっていうか、何が起きてるか判らなくて動けなかったんだよね。だってステージから動いていいって指示も出てなかったし。…そう! そしたらね、マリーネちゃんがあたしの事、庇ってくれたの! 眼鏡っ子でドジっ子なのに、勇気あるよね~、マリーネちゃん! もう、あたしマリーネちゃんの事がすっかり好きになっちゃって! …え? 抱かれたい? ダメでしょ、そんなイヤラシイ訊き方しちゃ。――え? マリーネちゃんて、『ノワルド』の冒険者なの? 似てる? 本人? ふ~ん、そうなんだあ…」
どうやらバグノイド事件について話してるらしい。ま、今、視聴者の一番の興味はそこだろうし、そりゃ一番盛り上がる話題かもね。
けど、それだけを話題にしてる訳にもいかないので、ぽめらは用意された質問に答えていく形式で、次々と『桜月ぽめら』のキャラクターを披露していった。
不思議と、ボーッと見てられた。話してるのは他愛もない事なのだが、美少女キャラが喋ってるというだけで興味を惹きつける何かがある。多分、有紗本人が喋っても、こんなに興味は惹かないはずだ。僕以外は。
小一時間も見た頃に異変は起きた。
突然、ぽめらの横に夜風エアルが現れたのだ。
「あれ? あなたは?」
「お前に訊きたい事がある」
「え? え? どうやって入ってきたの?」
ぽめらが動揺している。あれは夜風エアルじゃない。バグノイドだ。
「有紗!」
思わず僕はモニターにかじりついた。危険だ。有紗に危険が迫っている。
その間にも、画面にはコメントが流れていく。『あれ? エアルちゃん?』『いや、これ本物じゃない。この間の怪物じゃ?』『ぽめらちゃん、逃げて!』『ぽめらちゃんも顔が取られちゃうよ』『早くログアウトして』
「訊きたい事って何?」
「グラードに会いたい。グラードの居場所を知ってるか?」
ぽめらはエアルの質問に、少し考えていた。
「会って、どうするつもりなの?」
「グラードに訊きたい事がある。…いや、正確には教えてほしい事がある」
「乱暴しない?」
「そのつもりはない」
ぽめらはじっとエアルを見つめている。コメントは急速に流れていく。けど、ぽめらは一向に気にした様子はない。
「グラードの事が好きなの?」
「お前たちのいう好意に値するかという質問ならば…その判断に対する流動的影響力を持った事がないので判らない。が、今、ワタシの取っている行動が、その流動的影響力の影響下行動である可能性はある」
「好きなら、好きって認めなさいよ!」
ぽめらはそう言うと、にっこり微笑んだ。
「え~と皆さん、突然だけど今日の配信はここまでね。みんな、ありがとぽめ~!」
そう言うと、画面が配信終わりの制止画面になった。桜月ぽめらが、ウィンクして微笑んでる画面だ。
と、電話が鳴った。すぐに出る。




