日本の公安警察
「じゃあ、貴方は勧誘されたの?」
「いいえ、残念ながら。しかしこの一ヶ月潜入して、三年、一年と学年を変えてきたが、その学年にはそれらしい人物は見当たりませんでした」
「じゃあ、残るは二年生という事ね」
ケイトがそう言うと、和宮はどろりとした毒気を含んだ目つきでケイトを眺めた。
「私が言いたいのは、貴方たちにはあまり派手に動いてほしくない、という事です。わざわざ姿を明かして、今日呼んだのはそのためだ」
「…どういう事?」
「あからさまに『電子涅槃経って知ってる?』みたいにあちこちで騒がれたら、貴方みたいな活気のある人物の行動として変でしょう? 明らかに捜査に来ているとバレる。そうすると尻尾も出さずに、このゲームを去るかもしれない。それを懸念してるんですよ」
明らかなる批判に、ケイトの顔には苛立ちが宿った。
「つまり貴方の邪魔になるなと言いたいわけね?」
「まあ、ありていに言ってそうです」
ケイトの顔が紅潮した。
「貴方は随分、国枝とは違うようね」
「私は国枝警視のように、立場のある人間じゃないんで」
和宮はそういうと、可笑しくなさそうな薄笑いを浮かべた。ケイトは席を立った。
「判ったわ。せいぜいそちらの邪魔にならないように、やらせてもらうわ」
「よろしくお願いしますよ。――そちらの素人さんもね」
和宮は最後に、胡散臭そうな目つきで僕を見た。
僕とケイトはそこから移動して、個室のある居酒屋に入った。
「ムカつくわ、あいつ!」
開口一番、ケイトは不満をぶちまけた。
「日本の公安警察は、みんな国枝みたいな優秀な紳士なのかと思ったけど、全然違うじゃない!」
いや、国枝さんが特別なんだと思うけど。和宮氏の方が、公安っぽい気がする。が、まあ黙っておく。
「ちょっとあいつを出し抜いてやりたいわ。明、何か手がかりはあったの?」
「あるような…ないような」
「どっちなのよ!」
「ちょっと気にかかる事があるんですよ。明日また、調べます」
「そう。じゃあ、よろしくお願いね!」
ケイトは言いたい事だけ言うと、去っていた。自分は何か収穫はあったのだろうか? いや、あの様子じゃちやほやされただけで、多分、何も収穫はなかったのだろう。
*
僕は風間社長に電話をした。モニターに風間社長が写る。
「おお、明か。どうした?」
「例の学園に行ってみましたよ。社長、今から会議室で会えませんか?」
「おお、判った。今から行く」
僕はカザマの会議室のデジタル・ツインに移動した。ほどなくして、社長も現れる。
「明、美那はいたのか?」
「そうじゃないかな、と思う人物はいました」
僕の言葉に、社長が驚きの声をあげる。
「おお、さすが明だ! 凄いじゃないか!」
「いや、まだあくまで可能性です。もっと確かめてからじゃないと…。ところで、社長はプラトニック学園に入ったことあるんですか?」
「うん、わしもこの前、転入したんだ。若いってのはいいなあ」
「いや、ゲームの感想はともかく、美那さんっぽい人は?」
「いいや、全然判らんかった」
社長は首を振って、正直に答えた。この人、こういう処がいい人だ。
「社長、そもそも何処の時間枠に入ってます? 朝枠?」
「なんか判らんが、これから行こうかと思ってたところだ」
「じゃあ、昼枠で入ってたんですね。明日、朝の8:00からの時間枠で、二年A組に転入してきてください。そこで合流しましょう。ちなみに、僕のアバターはこんな感じです」
僕は倉坂アキラのアバターに変える。
「おお、凄い美少年だ!」
「社長のアバターを見せておいてください」
「わしか? わしはこんな感じだ」
社長の姿が消えて現れたのは、明らかに『ヤンキー』だった。茶髪と言うよりほぼ金髪のボサボサヘアー。学生服を前開きにして、中から赤のTシャツを覗かせている。よく見ると男前で、目つきはちょっと悪い。もちろん、中年太りの面影はどこにもない。
「その感じですか…」
「わしが若い頃は、『疾風のマサオ』と呼ばれ恐れられたものだ」
どこまで本当の話なのか判らない。