真田真希と剣道稽古
「部長と言ってもね、此処で一番強いのは真田さんなんだ。彼女は相手になる人を求めてたんだよ」
「ああ、そうなんですか」
教室で僕を見つめる眼は、そういう好敵手を求める眼だったわけか。そんな期待に添えるとは思えないが。
道場に出て、防具を着ける。実に、久しぶりの感触だ。
基本打ちを少しやると、地稽古の時間になった。真田真希が眼の前にやって来る。
「お願いします」
礼をされる。僕も「お願いします」と答えて、向き合った。
「キアァァァァッ!」
彼女の鋭い発声が響く。凛としたあの眼だけが面金の向うに見える。
「トオォォォッ!」
応えるように僕も気勢をあげた。彼女の構えが鋭い。切先で素早く中心を取って来る。僕はそれに少し回りながら応じる。互いに中心を取りながら、探り合うやりとりを続ける。
強い。これは強敵だ。すぐに判った。彼女はリアルでも相当の有段者だ。恐らく、僕より格上だ。
ツ…と、前に出て入って来る。危ない。この間合いで入られると、後は打たれるだけだ。僕は打ちに行った。
「面ッ!」
しかし、僕の面が届く前に、彼女の竹刀が僕の面に当たる。
「メンッ!」
見事に、華麗な出ばな面が入れられた。完全に格上だ。相手の攻めに堪えきれず、出ていった僕は完全に誘導されていた。駄目だ。剣道が久しぶりな事もあるが、完全に掌で踊らされている。
僕は戦い方を変える事にした。
すっ…と間合いを取る。剣道的な戦い方をしたら、まず彼女に勝てない。僕は脇構えに構える。
「!」
彼女の顔に、驚きの表情が浮かぶ。それはそうだろう。これは剣術の戦い方であって、剣道ではやらない構えだ。けど、彼女はすぐに笑みを浮かべた。
中段と脇構えで向かい合う。じりじりと回りながら間合いを詰める。竹刀が前にないので、彼女には中心が取りにくく、間合いも判りづらいはずだ。
彼女が出てくるにはまだ遠い。だが横に廻りながら、僕は少しずつ間を詰めていた。一瞬、こちらの気を敢えて抜く。と、彼女がつられて一瞬、気の張りが抜ける。ここだ!
「面ッ!」
側面を打ち込む。いきなり来た竹刀を避けられずに、彼女の側面を見事に捉えた。彼女が面の奥で笑っているのが見えた。
それからは一進一退、打ったり打ち込まれたり、時間を忘れて彼女と剣道をやっていた。やがて声がかかって、稽古の終わり時間が告げられた。
「今日はここまで」
並んで座り、面を外した。汗だくになって彼女を見ると、真田真希も汗だくだった。不意に、真希が僕の方を見て微笑んだ。
「アキラくん、強いね。楽しかった」
「いや…真…真希さんこそ」
彼女が無言で微笑んだ。その微笑みに、どきんと胸の奥が鳴った気がした。
*
プラトニック学園から戻ると、ケイトからメールが来ていた。
『集合』
短い。まさに要件だけだ。貼りついてるフックの先に行く。と、そこは殺風景な何処かの会議室のような部屋だった。
パイプ椅子に腰かけるケイトのはす向かいに、一人の男がいる。誰だろう、と思いながらケイトの隣に座った。
「誰だ、と思ってますね」
男がぼそりと言った。なんというか特徴のない顔で、印象が強くない人物だ。どこかで会ったのだろうか。
「じゃあ、こちらの姿で」
男がいきなりアバターを変える。
「あ! 滝川和樹!」
キヨシと慶介の隣にいた男子だ。男はすぐに元の姿に戻った。
「…という事は、貴方が公安の潜入捜査官?」
「まあ、そういう事です。私は和宮と言います」
滝川和樹だった男はそう名乗った。
「放課後になったら、いきなり声をかけられたのよ。『ケイトさん、お話しがあります』っていうから、てっきり一目惚れの告白でもされるかと思ったのに……」
ケイトも大分、プラトニック学園に毒されたようだ。
「CIAから調査官が来るとは聞いていたが、まさかあんな目立つ姿で来るとは思ってなかったんですよ。あれじゃあ、目立ちすぎだ」
「目立ってれば、向うから接触してくるかもしれないでしょ」
「相手は電子涅槃経の勧誘員ですよ。世の中を儚んでるような顔をしてなきゃ、誘おうとは思わないでしょ」
和宮に言い込められて、ケイトはむっとした顔をした。目立たない顔の割りに、なかなか押しの強い人物だ。




