剣道部へ行く
僕は親子丼を食べながら、皆に訊いてみた。
「僕は転校生だけど、みんなは学園長いの?」
一瞬、妙な雰囲気が広まる。ゲームのメタ的質問は禁句だったか? けどキヨシは笑いながら、その問いにすぐに答えてくれた。
「まあ、オレは入学組だから長いって言えるかな。と言っても、この学園は三枠あるから、時間が三倍の速度で流れてる。つまり――」
「つまり、一ヶ月も10日ほどで来るのだ!」
キヨシの後を受けて、慶介が口を挟んだ。
「一学年も四ヶ月くらいで終わる。その間に運動会や文化祭などのイベントも、どんどんやって来るのだ!」
「ま、そういう流れで学園生活を満喫するわけだな。ちなみに、和樹は最近転校してきたばっかだよ」
「あははは…。だからまだイベントはやってないんだ」
和樹が薄い笑いを見せる。と、突然、慶介が立ち上がって大声を上げた。
「――あ~っ! ボクの服に、カレーの汁がぁっ!」
慶介が食べていたのはカレーうどんだったが、その汁が見事にシャツに跳ねていた。キヨシがゲラゲラ笑い出した。
「だから、『悪魔の』カレーうどんはよせって言ってんのに」
「何を言う! これを汚さずに食べる事こそ、ボクの使命!」
「その使命、誰が下したんだよ」
僕もキヨシも和樹も、笑いながら食事をとった。こんなに楽しい昼食は、本当の学生時代にはなかったかもしれない。
*
授業が終わり放課後になる。慶介がやってきて、僕に言った。
「考え直して、ボクと一緒に演劇をやらないか?」
こいつ、どうして始終芝居がかってるんだろ? 面白いけど。
「いや、それは丁重にお断りを……」
「く~っ! なんたる残念!」
「じゃあ、サッカーは?」
横からキヨシが口を出す。僕は笑いながら首を振った。キヨシも苦笑しながら、口を開く。
「ま、そうだよな。じゃあ、オレは部活に行くから。じゃあな」
そう言うと、キヨシは教室を出ていく。
「じゃあ、ボクも誰もいない演劇部室へ行かねば。では!」
慶介が去り、残った和樹に僕は訊ねる。
「和樹は?」
「あ…ぼくはログアウトするから。じゃあ」
皆がいなくなると、教室の中も人数も大分減っていた。
不意に、あのポニーテールの女子が僕に近づいてくる。今度はその大きな瞳で、真っすぐに僕を見つめている。真っすぐに伸びた背筋は、凛とした印象だ。
「倉坂くん」
「は、はい」
近くまで来た女子に、僕は妙にどきまぎした。
「剣道部に行くの?」
「あ…そのつもりだけど……」
ふっ…と、それまでになかった笑みがこぼれた。
「一緒に来て」
彼女はそう言うと、ポニーテールを翻した。
慌てて後を追い、教室を出る。隣に並んだ彼女に、話しかけた。
「あの…君は?」
彼女がちらと横目で僕を見た。微かに、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「真田真希」
そう名乗った後には、もう笑みは消えている。気のせいだったのか? けど、少し彼女は上機嫌に見えた。
体育館の隣に武道館がある。贅沢な設備だ。そこに入ると、彼女は中にいた数人に声をあげた。
「新入部員を連れてきました!」
おお、とどよめきがあがる。その中から、上背のある男前がやってきた。
「ようこそ剣道部へ。ぼくは部長の葛城正也、よろしく」
その隣に、ロングヘアーの美女が並び立つ。
「わたしは副部長の千堂瑞樹。来てくれて嬉しいわ。歓迎します」
と言って微笑んだ顔が、また美女だ。清楚で美しい。
「それじゃあ、早速、やりましょ」
そう言って、真田真希は僕を部長の方に押し込んだ。着替えて来い、という意味らしい。
「ははは、真田さんは熱心だなあ」
部長は笑いながら、僕を男子更衣室まで連れて行った。そこでは剣道着、防具一式が置いてある。
「課金制だけど大丈夫? 最初はレンタルもできるけど?」
「あ、大丈夫です」
ケイトに言ったら、経費で落ちないかな。そんな事を考えながら、剣道具一式を購入した。
「此処ではね、リアルに着替えるんだよ」
部長はそう言いながら、自分も服を脱ぎ始めた。そうか。アバターは本来、一瞬で服装を変えられる。けど、この学園では着替えは敢えてその過程をリアルに再現しているのだ。