学園生活!
僕はぐっと顔を近づけて囁いた。
「この学園で、他の生徒の顔を盗むつもりじゃないだろうな」
「その予定はない。表層データのサンプルは一つで充分だ」
それを聴いて、僕は顔を離した。バグノイド――上原美琴は、澄ました顔のまま本を読んでいる。何を考えてるのか全く判らない奴だ。…当然か、違う生き物なのだから。
「二人でつもる話しでもあるなら、ぼくはお邪魔するけど」
「いや、僕も戻るよ。――じゃあな」
学の声に、僕は踵を返した。別れ際にかけた声に、美琴はちらとだけ僕を見て返した。
*
学生の頃って、こんなに騒がしくしてはしゃいでたかな。と思うほど、教室は賑やかで明るかった。なにせ休み時間の方が長い。やたらとあちこちで喋っているし、駆けまわってふざけてるのもいる。特に、前の席に座る相葉キヨシはクラスのムードメイカーらしく、中心になって声をあげていた。
「キヨシくんって、楽しいよね」
ふと、隣の席の加藤くるみが声をかけてくる。ふわふわした髪で、キラキラした瞳だ。
「そうだね、クラスに一人いたかもね、ああいう奴」
僕はそう言って笑った。くるみも可笑しそうに微笑む。キヨシは黒縁眼鏡の男子と、スローモーションでボクシングをする、というパフォーマンスに耽っていた。
黒縁眼鏡のアッパーが、スローモーションでキヨシの顎にヒットする。キヨシはゆっくりと顔を歪めながら、アッパーに吹っ飛ばされる様子を演じきった。
不意に、くるみが身体を近づけてくる。な、なんだ?
「…あそこ」
くるみが目線で、教室の一部を促す。女子が三人いる中、一人の女子がキヨシの様子を目で追っていた。
「あの子はね、山崎里香。キヨシくんの事が好きなんだけどお、まだ告白できてない」
「あ~、なるほど」
「で、あっち」
今度は別の方へ目線を促す。四人組の男子が固まっている中、一人だけちらちらと山崎里香を目で追っている。なるほど。
「彼は西條タカユキ。見ての通り、山崎里香の事が気になってる最中。里香がキヨシの事を好きなのが判るから、切ない想いで背中を見てるの。いいでしょ、ね?」
楽しそうにくるみが笑った。あ~そう。
「で、君はそういうみんなを見るのが好きなんだね」
「そうなの。ね、青春っていいわよねえ」
微笑するくるみを見て、ふと我に返る。そうか、当然ながらみんな実年齢は見た眼とは違う。彼女のこの感じ、もっと年配の人だ。
改めて周りを見ましてみる。ここにいるクラスメートは、みんなそれなりの年齢だろう。それが高校生を演じるシュミレーション世界。それがこの『プラトニック学園』なのだ。
*
「アキラ、飯食いにいこうぜ」
昼休憩に入ると、キヨシが僕に声をかけてきた。
「あ、いいけど。学食?」
「おう。購買部もそこにあるしな」
キヨシの傍にいた黒縁眼鏡が補足説明をした。黒縁眼鏡をくいと上げると、彼は名乗った。
「演劇部の佐渡川慶介だ。キミも一緒に、演劇をやらないか?」
「あ、面白そうだけど…部活は決めてるから」
僕がそう答えると、佐渡川慶介は大げさにがくりとうなだれて見せた。
「う…またしても勧誘失敗」
「これで何人目だ? 25人目?」
「24人目だ! いや、けどボクは諦めないぞ。この学園に演劇の風を吹き込むのだ!」
慶介は拳を握って、高らかに宣言した。……冷静に考えると、みんな演技してるみたいなもんなんじゃ? そこでわざわざ演劇するかな。勧誘が失敗するのも、無理はない。
「馬鹿は放っといて飯だよ、飯。おい、和樹も行こうぜ!」
「あ、うん。待って」
和樹、と呼ばれた男子生徒が、慌ててやってくる。そういえばスローモーション・ボクシングの時に、レフリー役をやってたような。
「滝川和樹、クラスで一番おとなしい奴」
キヨシが笑いながら、和樹と肩を組む。和樹は薄笑いを浮かべながら、口を開いた。
「君たちみたいに、個性豊かじゃないだけだよ」
「慶介はともかく、オレは普通だろ?」
「ともかくとは何だ!」
こんな賑やかな連中とつるむのか。……うん、まあ悪くないかも。そんな事を想いながら、彼らと学食へ行った。
学食のメニューは有料である。というか、『プラトニック学園』は基本、無料で転入できるのだが、例えばオリジナル学生服とか、体操服、学食のメニューなどは課金制なのだ。そういう処で収益を上げるシステムになっている。まあ、学食のメニューはそれほど高くない、まさに学食価格だった。