上原美琴?
放課の時間が40分もあれば、さすがに騒ぎも鎮静化してくる。クラスメートは次第に、自分たちのグループに戻っていった。二時限目の放課には、もう騒ぎは完全に収まっていた。
「――疲れてないかい?」
そう話しかけられて目線を上げると、眼鏡の似合う端正な顔立ちの男子が立っていた。
「あ、ちょっと戸惑ったけど、大丈夫」
「そう。ぼくはクラス委員長の赤路学。よかったら、学校の中を案内するよ」
そう言って微笑んだ彼に、僕は頷いた。
教室を出て、肩を並べて廊下を歩く。廊下には多くの生徒が出ていて、談笑している。ふと、赤毛の女子生徒の姿に気付いた。学校の制服と違う、薄いグレーのブレザーにチェックの赤いミニスカートを履いている。振り返ると、案の定ケイトだ。
僕は目線だけ送る。ケイトも一瞬僕を見たが、互いに声はかけない。そのまますれ違って、僕は隣の教室を通り過ぎた。
「あれが噂の、隣の転校生かな。同じ日に転校してくるなんて珍しいよ」
「そう? 転校生自体は結構いるんじゃないの?」
「ぼくたちは二年生だけど、学年は三年生まであって、一学年に3クラス。加えて学園は三つの時間帯に分かれていて、この8時からの時間帯は朝枠って呼ばれてる。16時からが昼枠、0時からが夜枠だね。で、一番転校生が多いのが昼枠。あっちはしょっちゅう転校生が来るんだ。この時間帯は、意外に転校生って合わないんだよ」
なるほど、夜中にゲームする人間が多いから、昼枠の方が人が多い訳か。
「赤路くんは、朝枠専門?」
「学でいいよ。ぼくはたまに昼枠も顔を出してる。夜枠は出た事ないな。噂で聞いた限りでは、朝枠は部活動とか真面目にやる人が多いんだけど、夜枠は授業そっちのけで恋愛に精を出してるって」
そう言って笑った学の顔に、僕もつられて笑った。
そんな説明を聞きながら、学校をあちこち見て回った。校舎は『コ』の字型になっていて、中庭には花壇がある。隣には体育館やプールもあり、普通の学校と何ら変わらない設備であった。
「図書室もあるよ。入り浸ってる子もいる」
図書室に入ると、静かな空気が漂ってきた。中に入ると、テーブル席をとって座ってる生徒がいる。
「授業はね、出ても出なくてもいいんだ。彼なんか、ずっと図書室にいるんだよ。やあ、元気?」
学が座っている生徒に声をかける。生徒は面倒くさそうに顔を上げた。ボサボサの髪が長めに伸びて、眼が半分くらい隠れている。
「……誰?」
「転校生だよ」
「倉坂アキラ。よろしく」
「……」
本人は面倒くさそうな眼を向けるだけで、名乗ろうとはしない。代わりに学ぶが紹介した。
「彼は前橋公彦。色んな事に詳しいから、何かあったら訊くといいよ」
「そう。その時はよろしく頼むね」
僕がそう言うと、彼は顎をちょっと出した。一応、了解したらしい。そして図書室を出ようとした時、僕は別の席に座っている生徒に気が付いて、思わず息を呑んだ。
黒と銀の髪。夜風エアル…っぽい。まさか。
僕はその、何故かセーラー服姿の女性生徒に近づいた。
「ちょっと、君」
女性生徒が本から顔を上げる。少女漫画風になっているが、やはり夜風エアルっぽい。彼女が口を開いた。
「…お前か。なんでこんな処にいる?」
「やっぱり! それはこっちのセリフだ。どうしてお前がこんな処にいる?」
「図書館では静かにするのがルールではないのか?」
「ルールじゃない、マナーだ」
僕は声を小さくして、夜風エアルの姿をしたバグノイドに話しかけた。
「ここで情報収集しているのか?」
「そうだ。図書室もあり、人間集団の実態動向も判る。非常に興味深い」
「まさかお前、転校生として入学したのか?」
「無論だ」
妙に自信ありげなバグノイドに、僕は呆れた。
と、学がこっちに寄って来る。
「なに、知り合い?」
「ああ、ちょっとね…」
知り合いと言えば知り合いだが。
「あ、三年生だね。ぼくは赤路学です、よろしく」
「ワタシは上原美琴だ」
「…なんだ、その名前? お前、もっと変な名前じゃなかったか?」
「ランダム機能を選択したらこのコードが出てきた。それを使用している」