バーチャル・クラウン三期生
「それじゃあ、わたしたちの新曲、聴いてください!」
音楽が流れ出し、突如として何処からかライトが照射される。彼女たちのパフォーマンスが始まった。いつの間にか、ファンらしいアバター勢が大勢増えていた。その中で、レオが囁く。
「なあ、有紗のアバターのお披露目じゃなかったのか?」
「彼女たちはその先輩。多分、歌が終わったら紹介してくれるよ」
やがて歌が終わり、夜風エアルが再びMCを始めた。
「それじゃあみんな、お待ちかね。バーチャル・クラウンの三期生、紹介するね! みんな、出ておいで~!」
広場の中央に、五人のアバターが登場する。みんな例外なく美少女だが、その中に見知った顔の桜月ぽめらがいた。ぽめらは少し落ち着かない様子だったが、こちらに気付くと、にっこり微笑んだ。
「じゃあ一人ずつ、自己紹介して!」
夜風エアルに促され、一人ずつ自己紹介を始める。四人目で桜月ぽめらが自己紹介した。そして最後の一人に改めて目を向ける。
「――あれ?」
「気づいたか。俺もちょっと、気になったんだが…」
最後の一人は眼鏡っ子だ。他の子に比べると、妙に堅い真面目な口調で話し始めた。
「皆さん初めまして、海愛マリーネです。えっと……一生懸命頑張りますので、皆さん、よろしくお願いしますっ」
ペコリと頭を下げる。この真面目な感じ、あの顔立ちと声、そしてあの名前――
「――マリーネだ!」
僕とレオは顔を合わせて声をあげた。髪の色は青で、眼鏡の色はオレンジと変わっているが、間違いなくマリーネだ。そうか、Vドルとしてデビューすることになったのか。しかも有紗と同期とは、驚くような偶然だ。
驚いているうちにセンターに立っている子が、口を開いた。
「それじゃあ、バーチャル・クラウン三期生の、わたしたちのデビュー曲、聞いてください!」
いったん暗くなった彼女たちの影が、直ちに眩いライトに包まれる。彼女たちのパフォーマンスが始まった。周りのVドルおたくたちも、ノリノリでペンライトを振っている。僕はぽめらも気になったが、人前で歌って踊るマリーネから目が離せなかった。これで彼女の夢が一つ近づいたなら、本当によかったと思う。
パフォーマンスを見ている途中、不意に視界の隅に違和感を感じた。
黒い影が立っている。人の影をそのまま直立させたような姿だ。その黒い影は、歌っているVドルたちに向かって歩いていく。近づき過ぎた影の前に、夜風エアルが割り込んだ。
「ちょっとキミ、これ以上近づいちゃダメだぞ」
腰に手を当て、もう一方の手で人差し指を立てる。夜風エアルは、人さし指をチッチッと振って見せた。黒い影が歩みを止めた。
黒い影がいきなり手を伸ばし、夜風エアルの顔を掴んだ。
「え?」
エアルが小さな声をあげた瞬間、その黒い手の中に顔が自ら張り付いていった。顔の表皮が掌に吸収されてるようだった。
「き、きゃあぁぁっ」
夜風エアルの悲鳴が上がり、遂に三期生たちも歌を止めて事態の異常さに気が付く。ポップなバックミュージックだけが虚しく鳴り響いていた。
顔の表皮から髪型まで、エアルの頭部がすっかり吸収される。さらには衣装までもが、頭を通って影の手に吸収されていった。後には白いデッサン人形のような姿が残る。と、黒い影がみるみるうちに姿を変えた。
影の方が、夜風エアルになる。エアルになった影が、手を放した。白い人形がふらつきながら下がると、そこに自分の姿を発見して悲鳴をあげた。そして白い手足を見た後、自分の顔を手で触れた。
「あたしの、あたしの顔は何処!」
エアルになった影は、今度は三期生の方を向いた。
「いけない、あれはバグ・ビーストだ!」
「なんだって?」
僕はそこに至って、ようやく事態の深刻さを理解した。ウィンドウを開いて、クロノス・ブレイカーを呼び出す。
僕の腰に鞘が現れる。夜風エアルは音楽が止んだ中、今度は三期生に近づいていた。恐怖した顔で立ち尽くしているのは、ぽめらとマリーネだ。
「逃げるんだ!」
僕は叫んだ。しかしぽめらは恐怖に硬直して動けない。そのぽめらを庇うように、マリーネが前に出る。夜風エアルの姿をした者が、その手を伸ばした。
もう、迷ってる暇はない。僕は鞘から剣を引き抜いた。
……そう、僕には判っている。
“お前が狙われたのは、お前の真の力のためだ”
サガの声が甦る。僕の真の力。それは、『ノワルド・アドベンチャー』以外でも、レナルテの中ならクロノス・ブレイカーを使えるという事だ。