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夜風エアル

「別の世界って、何処ですか?」

「それは言わん。ただ、『転生の日がもうすぐ来る。そうしたら、わたしは別の世界へ行く』というんだ。わしは意味が判らなかったが、美那が何処かに行くのは嫌だと思い、『何処かに行くなんて言わないでくれ。一緒にいればいいじゃないか』と言ったんだ。そうしたら美那はしばらく黙っていたが、やがて『プラトニック学園にわたしはいる。三日以内にわたしを見つける事ができたら……お父さんと一緒にいてもいい』と言ったんだ」


「プラトニック学園?」


 社長は頷いた。


「調べると、どうやらレナルテの中のゲームの一つらしいんだ。明、そこに行って、娘を探してくれないか。いや、忙しいのは判ってる。だから空いてる時間でいいんだ」


 社長は真顔だ。社長には世話になった恩がある。


「判りました。時間がある時に、覗いてみます。で、今、美那さんて幾つでしたっけ?」

「20歳、大学生だ」

「美那さんに、恋人とかは?」


 社長が首を傾げた。


「そういえば……そんなの見たことがないな。けど、わしに黙ってるだけかもしれんし。そうか、そういう事が原因かもしれんか」

「最近の美那さんの写真あります?」


 僕が言うと、社長は携帯を取り出し画像を選んだ。空中に明るく笑う娘の笑顔が映る。いやあ、親父さんに似なくてよかったね。


「美那さんが好きだった趣味とか判りますか?」

「なんか昔はゲームにハマってたぞ。ナルトとかいう…」

「ノワルド・アドベチャー?」

「そう、それだ! さすが明だ、頼りになるなあ」


 社長の安堵したような笑みをよそに、僕は一抹の不安を感じていた。デジタル・ニルヴァーナがカルト宗教と言うのなら、それから娘さんを取り戻すのは相当の困難が予想される。


   *


 夕方、僕はデジタル新武蔵野の駅前広場にいた。


 広場といっても、それは立体交差する歩道橋をつないだ真ん中の広いエリアの事だ。リアルのこの広場では、夕方以降はストリートミュージシャンのたまり場になる。そしてレナルテのデジタル新武蔵野も同様だ。ただし、デジタル新武蔵野は『アバター街』として有名なところなのだ。


 ミラーワールドと違い、デジタル街はミラリアで訪れる必要はない。むしろミラリアで歩いていると変なくらいだ。それくらい街には、様々なアバターが歩いている。


 犬、猫、パンダ、熊、鳥等の動物はもちろん、巨大なカマキリや蝶といった虫勢もいる。生き物に限らず、ロボット、戦車、といった機械系もいれば、茄子やピーマン、キノコ等に手足がくっついた野菜系、果ては鉛筆や鉛筆削り、消しゴムなどの文具系もいる。とにかくアバターの姿は何でもアリなのだ。そしてそんな何でもアリな格好で街を歩くのが、デジタル新武蔵野という場所なのである。


 かくいう僕はどんな姿なのかというと、結局、キアラで来ている。まあ、ノワルドその他の人間型アバターも結構いるので、これはこれでいいだろう。そんな僕の隣にいるのが、獅子頭のレオニードだ。こちらはある意味デジタル街向きだが、非常に華麗な姿なので、チープなアバターが多いこの街では少し目立つ。


「いやあ、こんな街を見ると日本ならではという感じがするな」


 レオが周りを見ながら感心したように呟いた。此処では辺りの人をジロジロ見ても失礼にはならない。前を通りすぎる猫顔のセクシー美女がウィンクしていった。レオも片手をあげて返す。


「日本的な慎ましさから解放される空間なんだけね、多分」

「そうなのか?」


「他民族でも多人種でもない社会で、眼も瞳も黒一色。子供の頃から同じ制服を着て、学校指定の鞄なんかで通学するのが当たり前と思ってる日本の社会では、『同じ』なのが当たり前。同調圧力は極めて強く、意識してなくてもその雰囲気に巻き込まれてる。それはそれで、極めてストレスフルな環境でもあるんだ」

「ふ~ん……。民族紛争がないような社会は、それだけで幸せかと思っていたけど――そういうものでもないんだろうな」


 民族紛争の歴史が長いコンゴ出身のレオは、きっとその紛争の悲惨さを知ってるからこそ、そう思うのだろう。それはまた一つの真実だ。


「まあ、先進国の中では日本は相変わらず自殺率の高い国だよ。特に女性が多いし、世界の中では若者の自殺率も高い。閉塞感が自殺の原因になってるのは、否めない事実だと僕は思うよ」


 カラフルな街並みには、あまり相応しくない話題だったか。そんな事を思ってるうちに、徐々に周りに足を止める人が増え始める。今日のイベントを知っているのだろう。陽が落ちてきて、明かりが灯り出す。そして時間が来た。


「はーい、皆さんこんにちは! 夜風エアルです! 元気ですか~!」


 突如、広場の中央に現れた美少女が声を上げた。超人気、登録者数2000万人を超えるVドル、夜風エアルだ。銀と黒に色分けされた髪をツインテールにしていて、ひらひらと襞の入ったミニスカートを履いている。と、その横に、幾人もの美少女アバターが現れ始めた。次々と名乗り、5人で並ぶ。


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