風間社長の娘
「もしかしたらだが……あの時、アンディの精神の一部が、コンピューターに『焼き付け』られたのかもしれない」
「そんな事が…起こるのですか?」
「可能性がないわけではない。ただ、今のアンジェラがアンディの意志が影響してるかどうかは判らないがね」
「もしアンジェラがレナルテの管理AIだとしたら……そもそもサーバーを抑えれば、アンジェラを捕獲できるんじゃないんですか?」
「それができないんだよ」
ジェイコブは言った。
「レナルテの管理AIアンジェラは、特定のサーバーの中にいないシステムになっている。自分のプログラムを同時に幾つかのサーバーにコピーしていき、ある程度の期間が過ぎると元のプログラムを削除する。移動式と呼んでいるが、そういうシステムなんだ」
「どうしてそんな、面倒な形に?」
「管理AIがあるサーバーが特定されれば、そのサーバーを物理的に破壊したり、あるいはそのサーバーを持っている国が特権的な支配力をレナルテで持つかもしれない。アンディはそういう事を見越して、管理AIを移動式にしたんだ」
そこでケイトが口を挟んだ。
「元AMG社員のアリ・モフセンが、今回のバグ・ビースト事件に絡んでいると思うかしら?」
「それはないと思うがね」
ジェイコブは微かに皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「自律した生命体であるバグ・ビーストを創るほどの技術は、彼にはなかったと思うよ。彼は優秀ではあったが、クリエィティブではなかった」
少し覗かせた彼のプライド。確かにジェイコブは、『ノワルド』という壮大なスケールの創造を行っている。
「管理AIのアンジェラは、アバターが伴う事で逆に捉える事ができるようになったという事ですか?」
「判らない。しかし広河は君に、アンジェラの捕獲を依頼したんだね? それはもしかしたら、アンジェラがアンディではない、という事を証明したいからかもしれない。広河は表には出さなかったが、罪の意識があるのだろうね」
ジェイコブは僕を見ながら、そう話した。
「そしてアンジェラは君に『私を探して』と言った…。アンジェラは君に何を託そうとしてるのだろう。もしアンジェラにアンディの精神の残滓でもあるのならば――彼女が何を望んでいるのか、ぼくも知りたいね」
ジェイコブはそう言って、寂しそうに微笑んだ。
*
国枝は「情報を精査します」と言い、僕らをカザマ・テックまで送ると別れた。ケイトによると、あれ以降、バグ・ビーストは何処のエリアにも出なかったらしい。
「――ちょっと納得できないわね」
「何がですか?」
ケイトが眉をひそめて呟いた言葉に、僕は訊ねた。
「天城広河の態度よ。創始者三人組にアンジェラの秘密が関係してるのなら、最初に話せばいいじゃない」
「ジェイコブさんの話した内容は、社外秘だったんじゃないですか? アンディさんの死因については、何処の情報にも伏せられてたようですし」
ケイトは少し黙り込なんだが、やがて口を開いた。
「アンジェラを追ってフォッグの動向を探るのが私の役目。けど何か…動いてる気がする」
「何がですか?」
「それが判れば苦労はしないわ」
ケイトは肩をすくめると、「今日はもういいわ」と言って去っていった。
独りになった僕に、風間社長が寄ってきた。
「おい、明、そっちの方は順調なのか?」
「ああ、まあ……」
なんと言えばいいのか。けど、僕の逡巡をよそに、社長は困り顔をすると、突然、僕の両肩をわしづかみにした。
「明!」
「は、はい?」
「レナルテに詳しいお前に、頼みたい事がある」
「…どうしたんですか?」
社長は僕の肩を今度は背中から押すと、近くの椅子に腰かけさせた。自分は僕の前に椅子を引寄せて座る。
「娘の美那がな、口をきいてくれん」
「思春期の娘の相談ですか? なんか僕より、適切な人がいそうな気が――」
風間社長の娘、美那なら僕も見たことくらいある。元の奥さんの浮気が原因で離婚し、娘は社長が引き取った。それ以来、男手独りで娘を育てた――というくらいの話は僕も知っている。
「美那はどうやら、デジタル煮る花とかいうのにハマってるらしいんだ」
「……まさか、デジタル・ニルヴァーナですか?」
「そう! それだ! やっぱり明に相談してよかった。それがな、美那が言うには『わたしはもう、別の世界へ行く』と言うんだ」




