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アンディとアンジェラ

「ここで話すことは、内密に、という事ですか?」


 国枝の言葉に、ジェイコブは無言の笑みで答えた。どうも日本人より、日本人っぽい。


「アンディは、広河の事が好きだったんだよ」


 ふっと、ジェイコブはそう言った。言った後に、庭の方に視線を向ける。


「ぼくはずっと異なる世界に憧れていた。アンディはずっと違う自分になりたがっていた。学生の時に知り合い、そんな事から僕らは気が合ったんだ。ぼくらはずっと、いい友人関係だった。僕が広河に引き抜かれてアマギ・エレクトロニクスに移った後、広河のプランを聞いて、それを実現できるのはアンディしかいないと閃いた。そしてアンディと広河を引き合わせた。あれが……悲しい運命の始まりだったんだろうねえ」


 ジェイコブは軽くため息をすると、茶碗をとって口にした。


「……苦いね。けれど、この苦さの中に、仄かな甘みがある。…ぼくはアンディと友人だったが、彼がそういう気持ちをもっている人だとは全く知らなかった。いや、もしかしたら本人も、広河に出会うまで知らなかったのかもしれないね。広河は確かに魅力的な人物だ。自信があって、人を巻き込んで物事を前に進める力がある。その彼に惹かれることで、自分の本来の性向に気付いたのか……。


 ノワルドのテスト運用の際に、アンディが女性アバターを創ったのは驚きだった。無論、それ自体はメタバースが登場した頃から、よくある現象でそれほど驚くべき事ではない。人は仮想空間の中に、抑圧された感情を表現したくなる、それならば女性アバターの方が適切だ。しかしアンディはそういうアニマを抱えていたのではなく、本当の意味で自分の性別に対する違和感を抱えていたようだ。思えば彼は学生時代から女性の恋人を持つことに感心がなく、その誘いも常に断っていた。彼は柔和な面立ちだから、モテたんだよ。けどそういう女性と友人にはなっても、恋人にしようとはしなかった。アンジェラはだから、本来の彼の姿。彼の言葉を使うならば、『なりたい自分』の姿だったんだろう」


「貴方に、そういう事を打ち明けたんですか?」

「いや……。彼は話してくれることはなかった。きっと誰にも話さなかったんだろう。彼の家は厳格なクリスチャンで、出身は南部で最も保守的と言われてるアラバマ州だ。中絶も容認してないし、そんな故郷で同性愛も告白できなかったんだろう。彼自身、敬虔なクリスチャンでもあったから、自分の存在を罪深いと思っていたのかもしれない」


 ジェイコブは感慨深げにそう言った。


「それで、広河とアンディはどうなったの?」


 ケイトが好奇心を抑えつつも訊ねた。ジェイコブが苦笑する。


「どうなったのか…。広河はノーマルに女性を愛する男だからね。恋人も何人か知ってる。二人の間にどういうやりとりがあったのか詳しくは知らないが、少なくとも二人は恋人にはならなかった。そしてあの事件が起きた」

「アンディ・グレイの――自殺ですね」 


 国枝の言葉に、ジェイコブが頷く。


「あれは精神を完全に電子情報に移行する、開発中の新型フロート・ピットの試作機だったんだ」

「それは…どういう意味なんですか? フルダイブ以上の機能って事ですか?」


 僕の問いに、ジェイコブが答える。


「肉体を捨てる、というのが一番簡単な言い方か。現在のものは、電子情報を脳に送り込んで、仮想空間を脳内で経験させている。けど新型は、精神を一つの電子集合体として捉え、それをコンピューター世界に送り込む方式なんだ」


「そんな事が……可能なんですか?」

「いや、不可能だね」


 ジェイコブは苦笑して見せた。


「けど、それが本来の、僕の最初からの夢なんだよ。異世界へ行く。異世界をただ経験するのではなく、精神が丸ごと異世界へ行けるのが、僕の目指す世界だ」

「アンディさんは、それが未完成であると知りながら、使った」


「使った、とすら言えないかもしれないね。見つけた時、彼は明らかに危険領域まで電量を上げていた。そうと知りながら行ったとしか思われず、自殺だったんだろうというのが最終的な結論だ。ぼくの機械があんな事に使われるとは……正直ショックだったよ」

「それ以降、その研究は進んだんですか?」


 僕の問いに、ジェイコブは首を振った。


「いや…それ以降、その研究はやめたんだ。あんな事件の後だったしね。ただ一つ、不思議に思っている事がある」

「なんです?」


「レナルテの管理AIというのは、開発当初から存在した。それは仮の名称としてアンジェラという名も与えられている。しかし、それは人格も持たないし、それを象徴するようなアバターも持たなかったという事だ」

「じゃあ、今現れてるアンジェラは、何者?」


 ケイトの声に、ジェイコブが慎重な面持ちで答えた。


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