ジェイコブ・レイン
東成市の小奇麗な街並みを抜けて、車は走っていく。やがて国枝は、あるビルの地下駐車場へと車を入れた。
「このビル? 自宅って話じゃなかったの?」
「指定されたのは、このビルなんですよ」
ケイトの問いに答えながら、国枝は出てきた警備員に対して窓を開いた。
「ジェイコブ・レイン氏に会いたいのですが」
「伺っております。3番に駐車してください」
来客者用のスペースに駐車すると、僕らは車を降りた。
「エレベーターで、4階の『メディカル・エデン』の受付へどうぞ」
「ありがとう」
警備員の指示通り、エレベーターに乗る。ケイトが怪訝な声を出した。
「明らかに会社じゃない」
「そのようですね」
4階に着くと、ガラスのドアに『Medical EDEN』と書かれた一室がある。僕らはそこへ向かった。
「いらっしゃいませ。ジェイコブ・レイン氏への面会希望の方々ですね? お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
薄いグレーの、医療系制服っぽいものを身に着けた男が、愛想よく僕らを出迎えた。男はしばらく歩くと、一室へと案内した。
「中のモニターで、レイン氏と御面会ください」
「モニター? 直接、本人に会えるんじゃないの?」
ケイトは男の言葉を聞いて、少し憤ったように口を開いた。男はケイトの言葉を聞くと、少し驚いたような顔をしたが、やがてまた元の愛想笑いに戻った。
「それでは、その辺の事情も含めて、レイン氏とお話しください。ごゆっくり、どうぞ」
男はそれだけ言うと、立ち去っていく。僕らはその部屋へと入った。
薄暗い部屋で、ほとんど室内が見えない。と、思っていると、向かいの壁が一面、突如として明るくなった。
「わざわざ来てくれて、どうも有難う」
壁一面のスクリーンに、男性の上半身が映し出された。
白い髪に、細い面立ち。眼鏡をかけた神経質そうな顔は、年齢よりも老けて見えた。ジェイコブ・レインだ。
「直接お会いできると思ってたんですけど?」
ケイトが皮肉っぽく言う。それを聞いて、ジェイコブが笑った。
「嘘を言ったつもりはないんだよ。ぼくは此処にいる。6階の部屋にいるから、直接会ってもいい。ただし、生身のぼくとは話ができないけどね」
「どういう事?」
ケイトの怪訝な声がした途端、画面が切り替わった。
大きな卵状の機械が画面に映る。その機械の上面には透明な部分があり、そこから人の顔が覗ける。口も鼻も機械に覆われていたが、眼もとで判断するとジェイコブ・レインその人の顔だった。
「これは?」
「バイオ・カプセルだよ」
ジェイコブの声がした。画面の中のジェイコブは、機械の中で眠ったように眼を閉じたままだ。
「24時間、ぼくの身体は完全管理されている。排泄は衛生的になされ、食事は必要栄養条件を計算した上で適宜補給される。寝てる間に筋肉の衰えがないように、定期的に電気刺激を与えられているから、戻ろうと思えば一日のリハビリで元のように外でも動けるようになる。AMGが開発した、最新のケア・マシンさ」
画面が元のジェイコブの上半身に戻った。
「嘘だと思うなら、6階に観に行ってもいいよ」
「いえ、そこまでしようとは思いません。が、どうして……」
国枝の言葉に、ジェイコブは答えた。
「無論、会うだけならレナルテの中で幾らでも会えたのだけどね。けど、直接会わない事で、何か隠しているのでは思われるのも誤解の元だと思い、まずこちらの状況をお知らせしたんだ。メディカル・エデンは、AMGの開発したバイオ・カプセルを使って肉体を完全管理する会社だ。此処にはバイオ・カプセルが150基ほどある。その中の一つに、ぼくもいるわけだよ」
そう言えば、そういうカプセルが開発されてサービスに使われてるのは聞いたことがあった。
「此処も含め、バイオ・カプセルのターミナルは複数ある。多くは終末ケアの必要な人たちが利用してるんだ。従来は寝た切りになると、そのまま精神面でも痴態が進むことが多かった。しかしこのカプセルに身体を移し、精神を内蔵してるフロート・ピットにつなぐことによって、心はレナルテの中で活発に活動できる。レナルテの中では若くいることもできるし、全く新しい終末ケアの形があるんだよ」
ジェイコブは笑顔を見せた。




