明の父親
ケイトの問いに、僕は少し躊躇した。その間を見てか、国枝が口を開いた。
「神楽坂昇さん――お父上の事件があったからですね?」
「やっぱり……貴方は調べていたんですね」
僕は国枝を見た。国枝は眼鏡の奥の眼を、静かにこちらに向けている。
「わたしの方からケイトさんにお話ししましょう。18年前、拡大する電子事業に向けて、一つの大きなプロジェクトが立ちあがりました。それは太陽光で無限に電気供給される、超巨大衛星型の量子コンピューターを宇宙空間に建造する事。それが――」
「インフィニットαね」
ケイトの言葉に、国枝が頷く。
「それは日本の国家的事業で、様々な企業がそれに関わる事になりました。ロケット開発や、衛星の建造等、専門に分かれ多くの企業がそこに参加した。その中で最も中核になる巨大量子コンピューターの製作を請け負ったのが、当時、最も先進的な技術を持っていたKG電子です。KG電子は高い技術力で、計画も順調に進んでいた。しかしプロジェクト発足から三年後、一つの事件が起こります」
国枝がちらりとこちらを見る。僕は黙って頷いて見せた。
「当時、プロジェクトの推進を担当していた経産省大臣、加賀浦康平が収賄罪で捕まったのです。同時に、経産省事務次官だった大野公治も捕まりました。この二人はプロジェクトの事業者決定の際に、賄賂によって業者を決めたとされた。その贈賄をしたのがKG電子社長、神楽坂昇でした。三人は揃って事実を否認したが、加賀浦大臣の秘書から2億円の献金が証言され、大野次官からは1億円の送金データが出てきた。そして二人に金を送った神楽坂昇も、部下の証言により贈賄が確定となった。大臣は罷免、事務次官は更迭、そしてプロジェクトからKG電子が外される結果となったのです」
国枝の話に、ケイトは疑うような眼差しを向けていたが、不意に口を開いた。
「――で、その結果、誰が得をしたの?」
国枝が僅かに微笑む。が、すぐに打ち消して、話を続けた。
「加賀浦は与党派閥の長でしたが、その後は別派閥の長が大臣に就きました。それが現首相、江波義一です。事務次官には次の候補の京極健生が就き、二人はKG電子の後釜としてAMGを選んだ。そういう流れですね」
「明のダディは、その後どうなったわけ?」
ケイトの問いを受け、国枝は僕を見た。ここは、僕の口から話した方がいいのだろう。
「KG電子は官製事業の撤退により、多くの負債を抱えて倒産しました。会社を整理してその莫大な借金に当てても、まだ借金は残った。そして父は――自殺したんです」
ケイトの眼が、少しだけ開かれる。
「自殺でも保険金が降りますからね。遺書を読むと、覚悟の上だったようです。ただし、贈賄に関しては無実を主張してました。結局、状況証拠で有罪が確定しましたが、父は最後まで否認していた……」
僕がそこで言葉を止めると、場が静かになった。僕はその静けさを打ち消すために、再度口を開いた。
「まあ、今さら判りませんけどね、真実なんて。判ってるのは、うちが東成市に住む資格を失った、という事です。それで僕と母は東成市を追い出され、南成区に越しました」
南城区は東成市の隣にできた、新しい区だった。此処では東成市に仕事を持つ世帯が多く、複雑な心境を東成市に対して持っている。子供もそうだった。
東成市から『落ちた奴』として、僕はすぐに学校で知れ渡った。そして無視を初めとする陰湿なイジメを受ける。その多くは話したくないし、思い出したくもない。結局、中学校では友達はできず、僕は独りで過ごしていた。それが高校生になって改善されるかと思いきや、全く状況は変わらなかった。僕は高校時代も独りで過ごし、大学に入り雪人と会うまで、全く友達というものはいなかった。
「――南城区に移ったのは住居費が安かったからです。あそこは東成市への労働者への優遇措置として、住居費を安く設定してある。だからそこに移り住んだのですが、東成市から移ってきた僕たちへの風当たりは強かった。母もそうだったんでしょう、ストレスが多く、いつも疲れた顔をしていました。そして僕が高三の受験直前で、進行性の速いガンにかかって死んでしまいます。僕は進学ではなく就職をしなければいけなかったのですが、幸い無償の奨学金がとれたので大学に進学した。後は前に話した通りです」
僕はそこで、ケイトを見た。ケイトはこちらを複雑な表情で見ている。そうなんだろう。だから、あまり昔の話は人にしたくないのだ。
「前に言ってた借金というのは、その時に受け継いだ借金だったのね」
「そうです。けど、グラードのおかげでそれは返済が終わりました。今では自由の身です。――いや、あまり自由でもないか」
言った後に苦笑したところで、係員が戻ってきた。
「神楽坂明様の入市が許可されました。どうそ、エントランスを通って、車の待機場所に御移動ください」
僕たちは顔を見合わすと、ソファから立ち上がった。係員について移動する。しばらく歩いたところで、僕の傍に国枝が静かに寄ってきて囁いた。
「貴方は、AMGに恨みはないんですか?」
「まさか。それは別の話ですよ」
僕は笑ってみせた。