東城市ゲート
「B―Rainに問い合わせてみると、ジェイコブ氏は自宅で面会したいと言ってきたのです。それでジェイコブ氏の自宅がある東成市に向かっています」
「東成市――」
思わず声が洩れた。僕の様子に、ケイトが後ろを振り向く。
「なに? 東成市に何かあるの?」
「いえ…なんでもありません」
「東成市は、特別な場所ですからね」
国枝がそこで口を開いた。
「なに、特別って?」
「アメリカのサンディ・スプリングス市を真似たんですよ」
「あの、富裕層の富裕層による、富裕層のための都市?」
ケイトが少し嫌そうな顔で言った。国枝が苦笑する。
「そう、それの日本バージョンといったところです。住民は年収2000万以上ないと居住権が認められません。日本の警察庁管轄下の警察は此処にはなく、事件・事故・治安維持には住民の税収で雇う警備隊が対応します。役所の仕事も消防隊も、皆、民間企業として都市に雇用されてる立場です」
「サンディ・スプリングスは住民が貧困層への行政サービスに税収を使うのが嫌だという理由で、低い行政サービスを改善するために街を法人化したと聞いてるわ」
「そうですね。サンディ・スプリングス市は街を法人化する手続きを取りましたが、東成市は特別行政地区に選定される事で、行政サービスの民営化が始まったんです。いわば最初から富裕層の囲い込みが念頭にある、上からの選抜ですね。――もう、ゲートが見えてきましたよ」
ゲート、というより巨大な駅ビルのような横長の建物が見えてくる。道路はそこから複数に分岐し、そのどれもに渋滞ができている。その中でも一番空いている後尾に着くと、しばし待った。
10分後、車がゲートのなかに入る。目の前にはトラ模様のバーが降りており、勝手には進めない。警備服の係員が出てきて、声を出した。
「車を降りてください」
車を降りると、ゲート横の壁を指さした。ドアがある。
「こちらのエレベーターに一人ずつ乗って、上階の控室でお待ちください」
「私は警察庁の国枝ですが」
「誰であろうと同じです。一人ずつ、お乗りください」
言葉を発した国枝に、係員はピシャリと断言した。国枝は眉を上げて見せる。
最初に国枝、次にケイトがエレベーターに乗り込み、最後に僕が乗り込んだ。エレベーターの中で、手首仕込まれたAIチップを読み取っているのだろう。身分証明と、持ち物検査、検疫検査などをこの個室で行っているのに違いない。やがてドアが開くと、控えの部屋にいる国枝とケイトが、ソファに腰かけていた。
少し待つと、別の制服姿の係員が現れる。
「警察庁の国枝佑一警視様、AMG社員のケイト・コールマン様に関しては、入市の許可が下りました」
役所の人間のような笑みを浮かべて、男が言う。ケイトがソファから立ち上がって声を上げた。
「ちょっと待って、じゃあ明は?」
「神楽坂明様は、元この都市の住人でして――その場合、入市はかなり難しいことになります」
柔らかい物腰で言っているが、内容は極めて堅い条件である。
「あ、いいですよ。じゃあ、僕は此処で待たせてもらいますから、お二人で行ってきてください」
僕は国枝とケイトに言った。しかしそれを聞いて、ケイトが怒り出す。
「何を言ってるの! 貴方も行くに決まってるでしょ。それより明、此処の住人だったってどういう事なのよ」
「15歳まで、この東成市の住人だったんです」
「元住人だったら入市できないって、どういう事なの?」
ケイトは矛先を係員に向けた。係員は涼しい顔で答える。
「警備上の安全対策です」
「此処の住人は、元住人に恨みでも買う連中ってわけ? まったく…」
涼しい顔のままの係員をよそに、ケイトはARグラスのウインドウを開いている。何処かに電話するらしい。
「――ケイトです。東成市というところで、捜査協力者が入市できずに……はい、お願いします」
電話を切る。と、係員の身体がビクリと動いた。自分の電話が鳴ったらしい。
「はい…いえ、決して失礼な事が――はい。はい。判りました、確認いたします。はい」
係員が僕らに向き直り、さらに張り付けたような笑顔を見せた。
「此処で、もう少々お待ちいただけますか? すぐに戻ります」
それだけ言うと一礼して、係員が去っていく。ケイトは僕の方に向き直ると、ソファに腰を降ろした。
「何処に圧力かけたんですか?」
「外交筋よ。ね、元ここの住人だったって事は、明の家も富裕層だったわけね。どうして街を出たの?」




