ノワルド発表時の写真
「レオ……」
ちょっと泣きそうになった。のを、堪える。
「そうだね…。ま、あたしたちだって秘密だらけだし」
リスティがそう言って、席につく。グレタも微笑みながら、僕の方を見た。
「それじゃあ、変わらず攻略チーム結成ってことでいいのかしら?」
「ありがとう、みんな」
僕は皆に、礼を言った。
「――で、あの二人の事はどこまで話せるの? バグ・ビーストに、あの二人は対抗できる武器を持っていた。グラードもね。もちろん、偶然じゃないんでしょ?」
グレタの問いを受けて、僕の方に視線が集まる。僕は考えながら、口を開いた。
「僕もどこまで話していいのか判らないけど……。あの二人はとある機関の人たちで、僕は今、臨時でその仕事の手伝いをしてる。それがバグ・ビーストと関係ある事柄なんだ」
「ふうん、じゃああのふわふわした娘は?」
「あれは僕の彼女」
問いをしたリスティが、ぶっと噴き出した。
「ちょっと~キアラって、ああいう子が好みなのね」
「いや、そうじゃないんだけど」
僕は苦笑しながら、そう答えた。
*
ケイトに呼ばれて行ったのは、夜景の見えるバーだった。かなりの高層ビルの一角にあるようで、窓から都市の夜景が見下ろせる。とはいえ、レナルテの店だ。それにしても、誰の趣味だろう。
窓際から少し離れた白のテーブルに、ケイトと国枝が待っていた。細身のスーツ姿の国枝の前に、眼が冴える程の赤いドレスのケイト。二人は向かい合わせに座っている。
「……なんか、凄くその場に入りづらいんですけど」
「なんで?」
ケイトが何でもないように訊く。
「美男美女の席に、邪魔しに行くようで」
「くだらないこと言ってないで、座りなさい」
促されて、僕は渋々席に着いた。
「あの場には今までにない規模でバグ・ビーストが現れたみたいよ。けど、相当な数を駆除したみたい。デリーターも総動員されたらしいけど、グラードがかなり倒したみたいね」
ケイトが横目を流してくる。なんか胸元が開いたドレスを着て、口紅も赤いせいか色っぽい。なんだ、この雰囲気に合わせたのか、国枝に合わせたのか?
「あの直後、姿が見えませんでしたが?」
国枝が問いかける。やはり、誤魔化しきれそうもない。
「実は、サガに会いました」
「――それで、何か判ったの?」
「まず、サガがアンジェラではない事、ですね。サガは電子涅槃教、デジタル・ニルヴァーナの教祖としてのアンジェラを追ってたんです。これについて、何か知ってますか?」
僕は国枝を見た。国枝は中指で少し眼鏡を直すと、口を開く。
「聴いたことがありますね。別の班が追ってる、ネット界の新興宗教団体です。教祖がアンジェラという名だとは知りませんでしたが……少し、仲間の方から情報を貰ってみましょう」
「あと、元AMGの技術管理官、アリ・モフセンって男が、NISにいるって言ってましたね。犯罪組織のフォッグは、NISと提携をしているとも」
「まあ、それは判ってた事ではあるけど……。そのモフセンが、このバグ・ビースト騒ぎの元凶なのかしら?」
「それはなんとも……ただ、サガはアンジェラがくれた写真を知ってました」
僕はアンジェラが写った写真を出してテーブルに置く。
「真ん中のアンジェラは、レナルテ創始者のアンディ・グレイ、剣士は天城広河で、魔導士がジェイコブ・レインだそうです」
「ジェイコブ・レイン? B―Rainの社長の?」
「ええ」
国枝が僕の言葉を受けて、少し考える。
「確か……三人は共同開発関係であるとともに、友人だったはずですね…。これはいつの写真なんですか?」
「ベータ版のテスト前、ノワルドが発表された時のものみたいです。だから2033年、もう――10年くらい前のものですか」
「アンディ・グレイの自殺前、という事ですね。あの当時は、非常に大きなニュースになりました」
やっぱり、見た感じは若いけど、国枝さんてそれなりの年齢だ。僕は10代だったので、まったく社会のニュースなどには興味がなかった。
「どうしてアンディ・グレイは自殺したんです?」
国枝が指でウインドウを開く。少しスクロールさせているが、なかなか決定的な情報は出てこないらしい。
「詳細の死因については報道はされてませんね。自殺、とだけ報道されてる。アメリカの警察も、事件性はないと判断してます」
アンジェラは、『わたしを探して』と言っていた。あれはどういう意味だったのか。
「それを調べる術はないんですか?」
「……ジェイコブ氏を訪ねてみますか?」
国枝の発した言葉に、僕は少なからず驚いた。
「そんな事できるんですか?」
「ええ。ジェイコブ氏は日本のB―Rain本社にいるはずですからね。アポを取れば会えるでしょう」
「日本の警察の力で、算段つけて」
ケイトの言葉に、国枝は苦笑した。
「そんな権力をかさにきるような真似はできない国ですよ。色々とコンプライアンスがうるさいんですから。けど、そちらの方はなんとかしましょう」
「頼みます。……なんか、そこにヒントがある気がするんです」
「ふむ……実は貴方がいない間に、大きな発表が会ったんですが、それとも関係するのかもしれない」
国枝の言葉を受けて、ケイトが口を開いた。
「サミットの会場が、『ノワルド』にあることが発表されたのよ」
一瞬、意味が判らなかったが、僕は驚きの声をあげた。
「えっ! あ、あの新エリアにですか?」
「そう。新エリアにハーフムーン湖というのがあるのだけど、その湖畔にハーフムーン城という城が建っている。その城が初のレナルテ・サミットの会場だと、発表があったのよ」
「実はそれに合わせて、もう一つの発表がありました」
国枝が今度は言葉を継ぐ。
「アメリカ大統領サマナ・グリーンは、サミットの前日に来日するそうです」
「え? レナルテでのサミットなのに?」
「日本とは特別の関係である事をアピールするようですね。おかげで今、日本の警備部は大慌てですけど」
国枝が苦笑して見せる。アメリカの大統領ともなれば、警察の警備も相当厳重なものになるのだろう。
騒がしくなるな、とふと思った。




