ガイノ・ファクター
*
ホームボックスに戻ると、メールが来ていた。レオニードからだ。
『いつもの処にいる』、とある。
僕はノワルドでよく使う、いきつけの酒場へと移動した。
賑わう酒場の喧騒のなか、少しフードで顔を隠しながら、僕は二階の個室へと上がった。ドアを開けると、ピタリと中の会話が収まった。一斉に、僕の方に視線が注がれる。
テーブルについていたのは、レオとリスティ、そしてグレタだ。
「待たせたね、ごめん」
僕はそう言うと、空いてる席に座った。隣にレオ、向かいにリスティ、斜めにグレタだ。リスティとグレタが顔を見合わせると、リスティが口を開いた。
「今まで、どうしてたの?」
「ちょっと――色々あって…」
僕の言葉に怪訝な顔をする。無理もない。黙るリスティの代わりに、グレタが口を開いた。
「オープニングはクリアされた。あの後、魔鋼竜ガイノフォリアスはバラバラの光の弾になって各地に飛散した。アネモネの話では、ガイノフィリアスは48のガイノ・ファクターとなって、各地で復活をしようと力を蓄えてる。それを集めて封印するのが、今回のメイン・シナリオらしいわ」
「ただその後にな、予言者ゼジールとかいう爺さんが現れて、別の話をした。ガイノ・ファクターは集めた者に力を与える。封印ではなく、復活をさせるべきだと言うんだ」
レオニードが、少し話の続きをした。そこでグレタがまた説明に戻る。
「で、新しいエリアには新しいモードが持ち込まれるのが判った。ガイノ・ファクターを持てるのは1人10個まで」
「けど、全部で48個あるんだよね?」
「そう。だからチームで分担しなきゃいけない。けど、今回はチーム対チームやキャラクター同士で、ガイノ・ファクターを争奪するバトルが行える仕組みなの」
僕は少し驚いた。
「今までキャラクター同士は決闘モードに入らなければバトルすることはできなかったけど、それが攻略中に邪魔するような形でバトルできるって事?」
「そういう事。無論、強いチームの方が有利だけど、何個のガイノ・ファクターが奪えるかはランダムで決まるらしいの。最大で10個奪われることもある。チーム戦は撤退することもできるけど、その時は最小の一個だけで済む。ちなみにキャラクター同士なら、常に一つを奪取できる」
「なるほど」
「けど、考えられるのは、チーム内でも裏切りが発生する可能性よ。プレイヤーはチームから預けられてるガイノ・ファクターを持って、別のチームと合流することもできる。その方がクリアが早いと判断した場合、そういう選択肢だってありえる」
そこでリスティが、僕の顔を凝視しながら口を開いた。
「つまりね、今回はチーム内の信頼関係がとても重要になるの。信頼できない人とパーティーを組むくらいなら、レンタルしたキャラとチームを組んだ方がよほど安全ってわけ。ただし、レンタルキャラは自分が10個持った後にしか、ガイノファクターを預ける事はできないけどね」
「なるほど…」
グレタと、レオも僕を見つめている。やがてグレタが口を開いた。
「おおまかな話が済んだところで訊くけど――貴方があの伝説になった、『時壊の剣士グラード』ってことで間違いないのかしら?」
「そう……です」
僕は縮こまって答えた。リスティが腰を浮かせて、身を乗り出して声を上げた。
「だとしたら、どうして今までその力を使わなかったの? グラードって、二人でエリアをクリアできるほどの力なんでしょ? キアラは手抜きの遊びでやってるわけ?」
「そうじゃない!」
僕は必死になって声を上げた。
「…グラードの力は、チートとして運営から警告されたものなんだ。だから僕はグラードを封印して、キアラとしてプレイしてた。黙ってたのは……悪かったと思う」
僕はレオを見た。レオは僕の顔を見つめていたが、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「けど、その力を、みんなを助けるために使ったんだろ?」
リスティと、グレタが顔を見合わせる。
「グラードが現れた、と思ったら次の瞬間にはバグ・ビーストが周りから消えてた。俺たちだけじゃなく、他のプレイヤーも守ろうとしたんだろ」
レオは、リスティとグレタに視線を向けながらそう言った。その後に横を向きながら、レオが呟く。
「誰だって、言いたくない事や言えない事の、一つや二つあるさ。俺だって、そうだ。それでも俺は、キアラは信用できる。それだけだよ」
レオはそう言うと、笑ってみせた。