アリ・モフセン
「そうだ。電子涅槃教『デジタル・ニルヴァーナ』と呼ばれている教義だ。人は電子世界において生まれ変わり、救済され、真の自由になる――という教えだと聞いている」
「どうしてその電子涅槃教を、NISが弾圧しようとする?」
「NISはイスラム原理主義の中でも最も古いタイプの教えに固執する組織だ。女性には教育を与えず、常にスカーフで顔を隠すこと義務付けている。同性愛も禁じられていて、発覚したら死罪になる。そんな古い風習を残そうとする連中にとって、自由の救済を謳う電子涅槃教は、排除すべき異教だ」
アンジェラが……新興宗教?
「俺が会った時は、そんな印象は受けなかったが…」
「電子涅槃教は、あちこちのレナルテのワールドで、急速に広まっている。彼らは『転生の日』を待ちわびてる」
「なんだ、それは?」
「詳しい事は判らん。が、それが近づいているらしい。それでアンジェラの活動が活発になり、NISはそれに弾圧を加えようとしていた。俺はアンジェラが、俺たちの活動に益する存在かどうか見極めようと、アンジェラを探していたんだ。――が、オレはアンジェラと会うことはなかった。だからオレの方は、アンジェラが時壊魔法を使うなんて知らなかった」
「俺たちはお前本人がアンジェラか、お前からスカイ・エンダーを買ったのがアンジェラだと考えていた。しかしお前は今もスカイ・エンダーを持っている」
「ああ」
「じゃあ、あのアンジェラはどうやって時壊魔法を手に入れたのか?」
サガは俺の眼を見た。
「それは、お前が連れ去られた空白の一日と関連があるかもな」
不意にサガはウィンドウを開いて、一枚の画像を俺によこした。そこには、一人の白衣を着た男が写っている。黒髪で彫りの深い中東系の顔立ち。
「これは?」
「AMGの技術管理官だったアリ・モフセンだ。こいつはAMG時代に密かにNISに技術提供していた事が発覚して社を追われた。今はNISの技術顧問をしている」
「こいつがAMGを追われたのは何時だ?」
「二年前だ。関連があるかどうか判らんが、デリーターの技術は、こいつが開発した可能性もある」
俺はある可能性に気付いて、眼を合わせた。
「俺を拉致したのは、NISの可能性もあるという事か……」
俺の呟きに、サガは頷いた。
「そうだ。そしてお前は判ってるはずだ。お前が狙われたのは、ただ『ノワルド』で超高速を使えるためじゃない。お前が狙われたのは、お前の真の力のためだ」
そう言ってサガは、俺の眼をまっすぐに見据えた。
「…それは、お前も持つ力だ」
「そうだ。そしてオレは、それを使ってNISに対抗してきた。お前には判ってるはずだ。お前が生み出した、力の意味を」
俺は、ただ目を伏せた。
「アリ・モフセンは、お前から時壊魔法を入手できたのかもしれない。それをアンジェラと呼ばれる存在に移植した可能性がある」
「アンジェラはバグ・ビーストを使ったサイバーテロを行使する……。確かにつじつまは合う」
が、何かしっくりこない。
「あくまで可能性の一つだな。それに、お前が会ったアンジェラと、オレが探してるアンジェラが同一人物なのかも判らない。そもそもだが、アンジェラというのはレナルテ全体の象徴的アイコンだ」
「俺が会ったのは、これだ」
俺はウィンドウを開いて、一枚の写真をサガに見せた。右に剣士、左に魔導士、真ん中にアンジェラの写真である。
「有名な写真だな」
「有名なのか? そこに写っているのは誰なんだ?」
俺の問いに、サガが答えた。
「これは『ノワルド・アドベンチャー』のベータ版を発表した時の会見写真だ。右の剣士がAMGの当時の社長、天城広河。左の魔導士が『ノワルド』を製作したB―Rainの社長、ジェイコブ・レイン。そして真ん中が、レナルテを生み出したアンディ・グレイのアバターだ」
「なんだって?」
俺は驚いた。
「真ん中はアンジェラじゃないのか?」
「そうだよ、アンジェラだ。アンディ・グレイは自分のアバターとしてアンジェラを使っていた。だからアンジェラというのは、レナルテの象徴的存在なんだ」
“わたしを探して”
アンジェラはそう言った。俺はその言葉を想い出しながら、サガに訊ねた。
「アンディ・グレイは、今、何処にいるんだ?」
「死んだよ」
何?
「レナルテを発表した後、一年後に自殺している」
サガの言葉に、俺はただ茫然とした。




