犯罪組織フォッグ
「オレは恐ろしくなったんだ……。何か大変な事が起きたことだけが判った。そして丸一日が経ち、翌々日だ。お前はなんでもなかったように、学校に現れた。そして言ったんだ。『運営から警告を受けた。もう時壊魔法は使えない』と。それだけだ。それだけだった。拉致されて何処へ行ったのか? 何があったのか? お前は全く、何もなかったように振る舞っていた。オレは悟ったんだ。『お前の記憶が消されている』と」
サガは息をついた。
「……連中の狙いはお前だけだった。そしてそれは、オレが公開してしまった動画が元になったのだろうと判った。あの動画では、時壊魔法を使ってるのはお前だけだったからな。だが、拉致して記憶を消すほどの事が出来る組織があるという事に、オレは心底震えた。もしその連中が、オレの持つスカイ・エンダーも、グラード同様の能力と知られたら――そう考えると、オレはもう恐怖で立っていられないほどだった。オレは逃げたんだ。……記憶を失った、お前を置いてな」
サガが悲しみに満ちた目で、俺を見つめた。サガの苦悩を思いやってやる以上に、俺は自分の身に起きた事に衝撃を受けていた。
予感はあった。雪人がいなくなった日、俺は曜日をあちこちで間違えていた。勘違いしてたのだろうと思ったが、そうではなかったのだ。
俺は丸一日、何処で何をしていたのだろう。俺を拉致したのは、デリーターの前身者なのか? だとしたら、俺を拉致したのはAMGなのか? そうだとすると、AMGは今回、俺に何をさせようとしている?
「……すまない。ショックだよな、いきなりこんな話されて」
サガの声で、俺は我に返った。いつものような皮肉っぽい笑みが浮かんでいる。俺はサガを見つめた。
右手を差し出す。
サガの顔に、驚きの表情が浮かんだ。が、すぐに意を察して、サガは俺の手を、親指を握り込むように掴んだ。
サガに引かれて、俺は立ち上がった。
「だが、俺を助けてくれたんだろう? それだけで十分だ」
俺は言った。サガの眼に少し涙が潤み、サガは笑った。俺は手を離すと、少しかがんでクロノス・ブレイカーを拾い上げる。サガが背を向けて顔を拭く間に、剣を鞘に納めた。
「だが、お前にまだ訊きたいこともある。お前、『リベレイト』という組織に属しているのか?」
「そんな事まで知っているのか?」
振り返ったサガは驚いてみせた。
「確かに――俺はその一員だ」
「反NISの組織、だったな? どうしてお前が中東辺りの反政府組織などにいるんだ?」
俺の問いを聞くと、サガは静かに俺を見つめた。
「グラード、お前には判ってるはずだ。お前と俺の――力の意味を」
「……それは判る。が、何故、NISなんだ?」
サガは少し息をついた。
「――NISでは色んな人たちが弾圧を受けている。異教徒や同性愛者などの性的マイノリティーと呼ばれてる人たちはその例だ。俺は学生の時にその事を知って、それに対抗する救済組織があるのを知った。それがリベレイトだ。まあ、そこに入ったのは――色々あってさ」
「失踪してから……色々あった、という事か」
「まあ、そうだな。一言で話すのは難しい。今現在も、俺は中東のある国にいる」
「そうなのか」
「お前が……キアラという名でノワルドにいるのも知っていたよ。何事もなかったかのように…仲間がいて、楽しくやれていそうで、オレはそのままでいいと思ったんだ。だが再びグラードが現れた。それでオレは動向を探ってたんだ」
俺は、サガに話すことにした。
「俺はAMGから、アンジェラの捕獲を依頼されている」
「何故、お前が?」
「アンジェラが時壊魔法を使うからだ」
サガの眼に驚きが浮かんだ。
「だが、そもそもは『フォッグ』という犯罪組織がアンジェラの捕獲を狙っているという情報を得たことが契機なんだ。お前、何か知らないか?」
俺がそう訊ねると、サガは苦々し気に言った。
「フォッグは、NIS内で麻薬を生産し、それを世界中にばらまいてる組織だ。フォッグとNISは提携関係にある」
「俺の聞いた話では、民間軍事会社アームド・スペルの裏の顔という事だが」
「そうだ。つまりNISは麻薬と戦争を資金源にしている。そして国内の女子供を麻薬生産に従事させ、男は傭兵にする。そのNISはアンジェラを捕獲しようとしていた。だがそれは、アンジェラが新興宗教の教祖だからだ」
「新興宗教?」
全く思いがけない言葉の登場に、俺は訊き返した。が、それにサガが頷く。