魔鋼竜ガイノフィリアス
「オープニング・イベントの時間よ」
リスティの声で、僕は我に返った。広場全体も無駄話が消え、これから起こる出来事に集中する気配が漂う。
突然、世界が暗くなった。
その暗黒の闇の彼方から、轟音が響いてくる。
「なんだ、あれはっ!」
何処かからか声が上がった。闇の上空の一角から、炎が飛来する。それはよく見ると、回転している円盤のような物体であり、その側面から炎を噴き出しているのだった。
やがてその円盤は僕らの上空まで来ると、回転の速度を落とした。大きい。巨大な円盤は、恐らくは野球場くらいの大きさはあるだろう。それが側面から八本の火炎を吹きながら回転している。それが上空で留まった時、不意に女性の声が響いた。
「皆さん、あれは魔鋼竜ガイノフィリアス。世界に混沌と破滅をもたらす者です」
空中の一点が、光を放つ。そのオレンジの光の中から、オレンジ色の髪をした女性が現れた。
「わたしの名前はアネモネ。皆さん、お願いです。あの魔鋼竜ガイノフィリアスを倒してください」
女性がそう懇願するや否や、巨大な円盤は地上に向けてゆっくりと降下してきた。その下にいたプレイヤー達が、一斉に逃げる。やがて地上に落ちた円盤は、回転を止めた。
その八本の炎の噴き出し口から、竜、というにはグロテスクな頭部を持った首の長い怪物が現れた。
長い首をうねらせながら、八頭の竜は火炎を吐き出す。プレイヤーたちは混乱の渦に巻き込まれながらも、反撃の態勢を整えた。
「どうやら、こいつを倒すのがオープニングのようだな」
レオの言葉に、僕は頷いた。
プレイヤーたちが一斉に反撃する。その数はどれくらいなのだろう。見えているだけで千人は越えていそうだった。無論、実際にアクセスしてる数はそんなものではない。こういう人が多く集まる際には、多次元ビジョンを用いて並列する多層世界を演出している。今、恐らく数万人が一斉に、この怪物を攻撃しているはずだ。
八本の首をうねらせながら、魔鋼竜は火炎を吐き出して反撃している。しかしプレイヤーたちは、剣や魔法などの思い思いの方法で攻撃を加えていた。一本、また一本と首が落ちていく。やがてその首が最後の一本になった時、異変が起きた。
「何か来るぞ……」
この戦闘中の広場の向うから、黒い靄が向かってくる。いや、それは靄ではなかった。
「あれは、バグ・ビースト!」
バグ・ビーストの大群が、こちらに向かってきていた。
バグ・ビーストは野犬の群れのように向かってくると、プレイヤーたちを襲い始めた。
各地で悲鳴があがる。剣や魔法で反撃しようとしても、バグ・ビーストはその攻撃方法それ自体を喰ってしまう。プレイヤーたちに、なす術はなかった。
腕を喰われる者、頭部を失う者、プレイヤーたちのアバターが喰われていく。だけではなく、バグ・ビーストは魔鋼竜も食い散らかしている。そしてアネモネと名乗ったNPCも、その餌食になろうとしていた。
アネモネの頭が半分になる。しかしアネモネの表情は変わらない。事態を認識してないのだ。これはオープニングには予定されてない事態なのだ。
僕らの傍にもバグ・ビーストの群れが襲来して来た。
「みんな、ログアウトするんだ!」
僕は皆に向かって叫んだ。しかしそれを試みたリスティが、声を上げる。
「駄目だわ! 戦闘中はログアウトできない!」
戦闘モードに入ると、勝敗が決するまではログアウトできない。そんな基本的なことも忘れる程、僕は焦っていた。
「まずいわキアラ、このままではみんなが食べられる」
ケイトはデリートソードとガンを取り出し、近づいてくるバグ・ビーストを斬りながら叫んだ。既にユーリは分身して、近寄るバグ・ビーストを蹴散らしている。しかし、バグ・ビーストの数が多すぎる。
僕はレオを見た。レオの獅子頭はレアな一点ものだ。喰われたら、そのデータは戻らない。ぽめらも、恐らくリスティやグレタのアバターも、皆それぞれに思い入れのあるアバターのはずだ。
「きゃあっ!」
僕の傍で、ぽめらが悲鳴をあげた。バグ・ビーストが四つに割れた口を開け、今にも襲い掛かろうとしている。
もう、躊躇してる暇はなかった。
僕はウィンドウを開いてホームボックスへ戻る。そしてそこで、グラードのアバターを選択した。




